権力と圧制なしに、会社にも家庭にも「平等」はないという矛盾と絶望

資本主義が倒れても「家父長制」は生き残る
ヤニス・バルファキス プロフィール

株の売買を禁じるのは、投票権の売買禁止と同じか?

イヴァは実際、喜んでいた。コスタが思い描くユートピアの企業では、「子守国家のおせっかい」に妨げられることなく、人びとが自由に転職していたからだ。かつてあれほど自由市場資本主義を否定していたコスタが、資本主義のない市場を理想化しているとは、なんて大きな進歩だろう。それでも考えれば考えるほど、コスタが焼き直した社会主義が、古いスターリン主義の国家建設計画以上に、合理性と自由に対する脅威になるかもしれない、とイヴァは思った。市場は受け入れるが、株式市場は禁ずるという巧妙な一手に、イヴァは全力で反撃する必要性を感じた。

「企業の一部の売却を禁じるという考えは、農奴制へと続く道の第一歩になる」イヴァの口調は熱を帯びていた。「それは、成人どうしが同意の上に取引するという、誰にも奪えない権利に異議を唱えること。ジルがジャックにりんごか企業の一部を売りたいと考え、ジャックのほうでも購入に同意しているのなら、なんの権利があってそれを阻止するわけ?」

 

株の取引は、ジルがジャックにりんごを売るのと同じように、シンプルで無害なものだろうか。コスティの世界で株式取引を法律で禁じたことは、自由の侵害と愚行だろうか。それとも、民主主義国家で投票権の売買を禁じているのと同じく、優れた考えだろうか。それが問題だ、という点ではアイリスもイヴァも意見は同じだった。ところが当然ながら、答えは同じではなかった。

イヴァの答えには、複雑な哲学的議論も歴史的分析も必要なかった。株とは、企業が将来に生み出す利益の一部を、株式の購入者が受け取る権利を付与する契約にすぎない。もしジルがジャックにりんごを売ることになんの問題もないのであれば、ジルの果樹園で将来に実をつける収穫の分け前を、なぜジャックに売ってはいけないのか。その違いは、ジャックが購入するのが、まだ生産されていないりんごの収穫の一部だという点だ。

ジャックはリスクがある点も承知している。たとえば収穫前に雹が降って被害が出たら、ジャックが手にできるりんごが少なくなってしまうかもしれない。だが、もしジャックがそのリスクを承知で、喜んで自分のおカネを支払うのなら、なんの権利があってジャックをとめられるだろうか。