権力と圧制なしに、会社にも家庭にも「平等」はないという矛盾と絶望

資本主義が倒れても「家父長制」は生き残る
ヤニス・バルファキス プロフィール

上司が消滅しても、搾取され酷使される

フラット組織に対するイヴァの異論は、もっと実務的だった。

「すばらしいように聞こえるけど」イヴァはくすくす笑った。「なにかを前に進めるためには、すぐに誰かが誰かになにかをしろと命令するはめになる」

イヴァの考えはこうだ。建築家や弁護士の礼儀正しい事務所では、民主的なパートナーシップもしばらくのあいだは、それなりにうまく機能するのかもしれない─だが下働きの人間にも同等の議決権を与えるべきだという、馬鹿げた考えを受け入れるように要求された時にはどうだろうか。たとえその要求を受け入れたとしても、新たな関係は長続きせず、時とともに破綻する。イヴァはその意見を頑として変えようとはしなかった。

パートナーシップが拡大すると、合意に基づく組織は厄介なものになる。必然的に非効率になり、不満が生じる。退職者が出て、新規採用者が入ってくると、常に面倒な問題が持ち上がる。遅かれ早かれ、泣き言が機能停止につながる。もしフラット組織が確かなモデルなら、この世界でも主流になっていたはずだ。それが、イヴァの断固たる考えだった。

 

その時、それまで聞き役に徹していたコスタが口を開き、イヴァにこう指摘した。僕たちが暮らすこの世界でも、英国だけで少なくとも2000万人が、組合、共済、NPOなどの「民間非営利セクター」で働いている。そこには、彼らを解雇する権利、彼らに仕事を強要し、彼らを罰する権利は上司にはない。たとえば、救命や消防をはじめ、基本的な社会サービスを提供する組織で働く人たちは驚くほど有能だ。彼らのような民間組織がなければ、2020年のコロナ危機はもっと多くの命を奪ったに違いない。僕が考える問題はこうだ。経済全体は果たして、そのような民間の非営利部門に倣えるのだろうか。

アイリスが首を横に振った。コスタに向かってではない。イヴァに向かってだ。イヴァが意図的に論点を外したからだ。

「民主的なパートナーシップが本質的に非効率なわけじゃない」アイリスが反論する。「コスタが指摘した通り、正式に任命された上司がいなくても、秩序がおのずと生まれることはある。だけど、民主的パートナーシップがその並外れた能力を発揮するのは、すでに権利を有する者の権限を強化するとともに、残りの者からこっそり力を奪い取る時ね」上司の権限が正式に規定され、それゆえ戦う余地がある時に上司の支配を受けること以上にタチが悪いのは、上司を置かないことが正式な権利で決まっているにもかかわらず、酷使され、搾取されることだ。