新興宗教に救いを求めた母親

Kさんとは3〜4回会った。幡野さんが自分の親子関係を話したとき、Kさんも「うちの親も」と重い口を開いた。

「自分の率直な気持ちとして、『僕はあと数年で死ぬかもしれないけど、できれば自分より先に親がいなくなってほしい』と言ったんです。親の縛りがない人生を、少しでも生きたいと。そしたら、Kさんが『私も同じことを思った』と。いろんな人に会いましたけど、こう思っている患者さんはある程度います」

がんを公表して以来、幡野さんのもとには代替療法や食事療法、健康食品、開運グッズなど「うんざりするほどたくさんの情報が寄せられた」という。ただしKさんの場合、それが身内からやってきた。

Kさんの発病以来、彼女の母親は新興宗教にのめりこんでいった。闘病に苦しんでいる娘を、新興宗教の会合に連れ回した。そこで「患部にびわの葉を貼るといい」と言われれば下腹部にびわの葉を貼らされ、そうかと思えば過去の行いを責められ、あれこれと指示をされていた。とても辛い治療の中、母親がKさんにしたのは宗教関係のこと「だけ」だった。

「大手術やつらい抗がん剤治療を乗り越えたKさんに向かって、彼女の母親は『あなたの病気が治ったのは、私がお祈りしたおかげだ』と言ったそうなんですよ。17歳で、よくがんばったなと思いました」

ちなみに卵巣がんは早期発見がとても大切だ。Kさんの場合、初潮を迎えたときから生理痛が異常に重いなど体調の不良があった。母親には気軽に相談できる関係になく、それでもあまりのつらさに体調不良を訴えたこともあったが、相手にされなかった。もし、あのとき病院に行っていたら、卵巣がんを防ぐこともできたかもしれない。そういう現実には一切目を向けず、「私の祈りのおかげで治った」と言われたら、Kさんでなくても悲しくなるのではないだろうか。

病気になることは「親不孝」なのか

さて、幡野さんには今、2歳の息子がいる。

息子の優くんの保育園の運動会 『写真集』(幡野広志/ほぼ日)より(C)Hiroshi Hatano

「子育てをしていて、自分のための子どもなのか、子どものための親なのかということをよく考えます。たとえ子どもが重病に冒されたとしても、『こんな子どもを持った私はかわいそう』と、子どもの病気を自分のアイデンティティにしてはいけない。子どもに寄り添っているようで、寄り添わせている親は多いのではないでしょうか」

がんになって以来、幡野さんは「親不孝者」と言われる機会が増えたという。「親よりも先に死ぬのは親不孝だ、だから頑張って長生きしろ」と励ます親戚もいるという。

「本人は励ましているつもりでも、まったく励ましにならない。『親不孝者』と罵ってくるような親戚は、すべて関係を切りました。彼らは言ってもやめないから、こっちが逃げていい。親がろくでもない子どもに見切りをつけて勘当することはできても、子どもがろくでもない親を切ることは許されないなんて、おかしいですよね。血のつながりが絶対なのではなく、家族は選ぶことができるんです。結婚って『家族の選びなおし』なんですよ」