ヤクルト優勝への立役者!前人未到の六冠へいざ!
天才バッター・山田哲人の「秘密」

両親・恩師らが明かすニューヒーローの原点
週刊現代 プロフィール

「あれは山田が2年生の時。秋季大会のPL学園戦で、ショートを守っていた山田がフライを落としたんです。結局そのエラーが原因で敗戦。普段は飄々としている山田もさすがに落ち込んでいた。

練習への取り組み方が変わったのはそれからですね。練習の量ではなく『質』が変わりました。常にいろんなケースを考えて練習するようになったし、人のアドバイスもしっかり聞くようになった。この頃から『プロに行きたい』と言うようにもなりました」

そして、3年生になった山田は念願の甲子園への切符を手にする。初戦の天理戦でホームスチールを決めるなど、履正社を夏初勝利に導いた。この頃には、プロのスカウトからも大型内野手として注目を集めるようになる。

山田は、'10年秋のドラフト会議で、ヤクルトから外れの外れの1位(1位指名は斎藤佑樹)で指名を受け入団。現在二軍で守備走塁コーチを務める土橋勝征は、初めて会った時の印象をこう語る。

「高卒新人としては、バッティングも守備もいいし、鍛えれば一軍で使えるなと思いました。ただ気になったのは、身体の線の細さ。だからまずは、プロで一年間戦えるよう徹底的に体力面を鍛えました」

平気で弱音を口にする

山田は埼玉県戸田市にある二軍球場で、真夏の炎天下でも、一日何百本ものノックを受け続けた。だがプロに入っても、「山田らしさ」は失わなかった。

「山田は練習中に『ヤバいっす。もう無理っす』、『土橋さん、今日はこれくらいでいいんじゃないすか』と平気で弱音を口にするんです(笑)。コーチにも友達感覚で話してきますからね。昔じゃちょっと考えられない。

でもこっちが『何言ってんだ。まだまだこれからだぞ』と言うと、『えー、マジっすか』と不満を漏らしながらもちゃんと最後まで一生懸命頑張る。憎めないヤツなんですよ」

上手く乗せてやる気を出させると、とてつもない力を発揮する。知規さんの言った通りだ。

山田は、入団1年目から10代で初めてCS出場を果たすなど、そこそこ注目を集めたが、2年目は一軍と二軍を行ったり来たりする日々が続いた。3年目になるとレギュラーだった田中浩康の故障もあり、セカンドでの出場が増えるも、本塁打はわずか3本。

この頃から、飛距離を伸ばすために体重増加を図る。が、その方法も一風変わっていた。これについて山田本人は過去にこう語っている。

「あの頃は体重を増やすために、夜食にマクドナルドのチーズバーガーを食べまくっていました。でも、そのことを新聞のインタビューで話したら、『体に悪い』、『プロの自覚がない』とか言われて炎上したんです(笑)。だから、もう『チーズバーガー』って言葉は一生言わないです」