「情報の傘」と「オフショア均衡戦術」
現在も進行するウクライナ・ロシア戦争をめぐり、米国の「新しい戦い方」の一端が見えてきた。
それは全面的軍事介入ではなく、「警告的インテリジェンス(warning intelligence)」の積極的活用とそれを可能にする「情報の傘(information umbrella)」を駆使した限定的軍事支援である。
その背後には2014年のロシアによるクリミヤ侵攻以降のハイブリッド戦に関する米国をはじめNATO(北大西洋条約機構)諸国側の研究の蓄積および対応準備があることは間違いないが、そもそも「情報の傘」を支える米国の情報技術による監視・状況認識における著しい優勢があることを忘れてはならない。
米国のシンクタンク「戦争研究所(ISW)」は、英国国防省などと並んで、日本でもウクライナ戦に関する情報源としてほぼ独占的地位を維持している。
もちろん、最近ようやく明らかにされたサイバー空間での米ロ間の攻防の他、宇宙空間での攻防に関する情報は極めて希薄である。だが恐らく、サイバー・宇宙・電磁波といういわゆる新ドメインにおいても、米英の優勢がロシアのウクライナ地上戦における状況認識能力に大きな影響を与えているであろうことは、安全保障の専門家であれば容易に想像できるであろう。
実際、米国の軍事衛星および軍民共用衛星の配備数は、2020年の段階でそれぞれ169および45に上り、ロシアの配備数の2倍を誇るとされている。
特に、今回のウクライナ戦ではマクサー・テクノロジーズやプラネット・ラボのような企業が提供する観測データが重要な役割を果たした。また、SpaceXの衛星インターネットサービスである「スターリンク」がウクライナに提供され、ロシア軍が同国の通信インフラを破壊する中、接続端末の利用を可能にしている。

さらに、ロシア兵の携帯電話のSIMカードにより、ロシア軍の位置情報が米国やNATO
諸国に筒抜けになっていることも明らかにされた。もっとも、ロシア側もそうした問題への対応を急速に進めているであろうが。
なお、米国による警告的インテリジェンスを利用した敵の活動に対する牽制については、正確にいえば、従来から適用されてきたといえる。北朝鮮の核実験やミサイル発射兆候の察知がそれである。しかし、既に周知のとおり、北朝鮮は構わず核実験を断行するし、ミサイル発射も察知が困難になる程能力を高めてきたのである。