米国大統領と地球規模でトップを走り続けるポップスター集団――。5月31日、BTSのホワイトハウス訪問が世界中のニュースのヘッドラインに踊った。第46代米国大統領ジョー・バイデン氏とBTSのメンバー7人が並んだ写真は、華々しい印象とともに若干の違和感を与えた。
2021年9月の国連訪問とスピーチに続き、圧倒的な影響力をもつ人気グループを為政者が国際政治の場で利用しているのでは? と構えた見方をしたファンは、日本と韓国では少なくなかったようだ。俳優やミュージシャンが政党支持や政治家との関わりを表に出すのが珍しい文化圏に住んでいると、今回のようなケースは政治家だけが利しているように映るのだろう。
大統領の公邸であり、政治の中枢でもあるホワイトハウスにはセレブリティ、とくに頂点に立つポップスターを迎え入れてきた歴史があり、そこに韓国人のミュージシャンが名を連ねた出来事だと捉えると、そこまで突飛ではなかったとの見方もできる。
本稿では、元非移民合法労働者(=労働ビザを取得してアメリカで暮らしていた)、非アーミー(=熱心なBTSファンではない)である筆者が、ホワイトハウスとポップミュージシャンの関係という切り口で、今回のニュースを考察する。まず、ホワイトハウスにおける、歴代の大統領とポップスターの邂逅をふり返ってみよう。
エルヴィス・プレスリーとリチャード・ニクソン
アメリカ政府の書類と歴史的価値のある資料を保存する、アメリカ国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration, NARA)で、もっとも閲覧数が多い写真がある。
1970年12月21日、人気復活中であった「キング」、エルヴィス・プレスリーが、第37代大統領のリチャード・ニクソンを訪ねた際のツーショットだ。

今夏、伝記映画が公開されて再評価の機運が高まっているエルヴィスと、有能な政治家ながらいまひとつ人気がなかったニクソンの面会は、1997年にテレビ映画に、2016年には映画化されている。後者『エルヴィスとニクソン〜写真に隠された真実〜』はアマゾンの配給であったため、いまもアマゾンプライムで見られる。
歴史的には、大統領の執務室であるオーバルルームにおける、大統領とミュージシャンの面会のインパクトを初めて示した出来事となる。ただし、バイデン大統領側から招かれたBTSとは真逆で、違法薬物の蔓延など世相を憂慮したエルヴィスがホワイトハウスに押しかけ、麻薬危険薬物取締局の覆面捜査官としての任命を望んだという嘘のような背景があるのだ。
映画『エルヴィス&ニクソン』も、浮世離れしているキングと、迷惑がりながらも人気取りに利用しようとしたニクソン陣営の心理的な攻防戦が見ものだ。脚色されているとはいえ、コメディ映画として成立するほどおもしろい史実である。大統領と希代のスーパースターがどちらの影響力が大きいか、という今回のBTSとバイデンの会談につながる命題も盛り込まれている。
この後、ウォーターゲート事件で失脚したニクソンが、一枚の写真のおかげでポップカルチャー史で語り継がれているのは事実だ。共和党のニクソンのもとには、意外なところではゴッドファーザー・オブ・ソウルことジェームズ・ブラウンや、カントリーのジョニー・キャッシュも訪れている。共和党支持者の前者は応援のため、後者は刑務所の改革を話し合うための面会であった。