「薬を誤飲」何を?どれだけ?
「脇じゃなくて口でもいいよ、口開けて」と言うと「イーー!」と子供のように歯を食いしばり、私の手から体温計を掴み取り、投げ捨てる。早くも匙を投げたい。
夜中だが、かかりつけの病院に電話してみようか、それとも保健所か。何て言う?「体温計を投げる元気はあります、でも変なんです、いつも変だけど、変が違うんです」違う違う、「薬を誤飲してます」だ。
何を? どれだけ? 何時間前に? 確かなことがひとつもない。気ばかり焦る。
母が枕に突っ伏しながら「コーヒー飲みたい」と。
……やはり、取り越し苦労か?
飲めるならなんでもと慌ててインスタントコーヒーを持って行く。「ホットだよ、ブラック。水もお茶も何でもあるよ」と母が体を起こすのを手伝いながらマグカップを手渡す。
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ゴクンゴクンと音をたて3口程飲み「ウェェ。飲みたくないー。ウェェ。どうだ、わかったか! 味覚、嗅覚あり! コーヒーの味わかるから。ママ、コロナじゃないから、救急車呼ばないでちょうだい!」
コロナ番長、毎日のワイドショー情報で必死の抵抗を見せる。
「救急車呼ばれたくなかったら熱測って!自分で出来るでしょ!無理やり脇掴まれて力尽くで抑え込まれたいか?」と体温計をアイスピックのように持ち母の目の前に突きつける。私だって必死だ。
母は「くぅぅ!」と絞り出すように呻き、1ミリの隙もなくギュウっと両脇を締め、目をつぶり、天を仰いで、ぽっかりと口を開けた……どういう気持ちなんだ。口の中にそっと体温計を入れ顎を軽く触ると、ゆっくり閉じた。