2022.06.21
# ライフ

幸せになるために「日本」を責める人たち――幸福と没不幸の関係

絶対悲観主義(3)
みなさん、がんばりすぎていませんか?
そんなに心配することはありません。なぜなら、こと仕事で自分の思い通りになることは、ほとんどないから。

この身も蓋もない「真実」を直視して、成功の呪縛からもっと自由になろう。そうすれば目の前の仕事に対し、もっと気楽に、淡々とやり続けることができる。
著者が実践してきた「GRIT無用、レジリエンス不要」の仕事の哲学『絶対悲観主義』から注目の章を特別公開!

黒い巨塔

世の中、幸せになりたくない人というのはまずいません。幸福の希求、その一点では人間は共通しています。幸福をテーマにした本が次々に出版される成り行きです。ただし、幸せの内実は主観の極みです。ある出来事とか事実に対してそれが幸福か不幸かということは、誰にも決められません。ある人にとっての至福が、別の人にはとんでもない不幸だということもあり得ます。みんな同じで、みんな違う──幸せというのはそういうものです。

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子どもの頃は、大体みんな同じようなことが幸せで、同じようなことを不幸と感じるものです。いろいろな経験を重ね、自分の性格が形成され、自分の好き嫌いについての理解が深まる中で、幸福の多様性が広がっていく。他人にとっての幸福が自分の不幸になるということがしばしばあります。

大学医学部の権力闘争を描いた山崎豊子の『白い巨塔』。映画やドラマに何度もなっているのでご存じの方も多いと思います。大学教授の地位と権力を求めた権謀術数の物語が展開します。ここでの前提は「出世=幸せ」です。主役の財前五郎は大学での立身出世を求めて闘争に明け暮れます。それを阻止しようとする人々、自分の利得のために利用しようとする人々が入り乱れて、仁義なき戦いにのめり込みます。

この物語が有名になったため、世間では、大学には権力闘争とか派閥争いが渦巻いているというイメージがあるようです。ま、医学部のことはよく知りませんが、少なくとも僕の周辺ではこの種の闘争は見聞きしたことはありません。僕が直面している問題はむしろ逆でありまして、いかに偉くならずヒラ教授のままでいることを追い求める闘争です。これを私的専門用語で「黒い巨塔」と言っています。

僕は学部長や研究科長はもちろん、あらゆる経営上の役職に就きたくありません。僕にとってあからさまな不幸だからです。そもそも僕はそういう経営とかリーダーの仕事と無縁でいたいがために、現在の仕事を選んでいるわけです。部下を引っ張っていくとか、組織をまとめるとか、人事をどうするとか、そういうことだけは勘弁してもらいたい。

ところが、後期ド中年ともなると、そういう役回りを期待されるようになります。僕も組織の構成員として一定の責任があります。回避するには何かの対策が必要になります。数年前に「黒い巨塔」問題がヤマ場を迎えたことがありました。このときはさすがに僕も気合が入りました。ありとあらゆる権謀術数を総動員し、上司から「もうしばらくはヒラでいい」という許可を勝ち取ることができました。財前五郎のように「白い巨塔」の頂点に到達するのが幸せだと言う人もいれば、「黒い巨塔」の底辺にいるのが幸せだと言う人もいる。これが幸福の面白いところです。

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