フィットネストレナーのSaya(さや)さんは、アメリカのシリコンバレーを拠点にフィットネストレーナーとして活動する日本人女性。11年の専業主婦を経て、離婚からわずか1年でGoogle本社のエグゼクティブトレーナーに就任。Sayaさんが考案したメソッド『globody(グローボディ)』で、1分1秒を無駄にしたくない超多忙なビジネスパーソンのために"効率的なボディメイク”を指導するという華麗なるキャリアを実現した人物で、2児の母でもある。今回、globodyのメソッドを1冊にまとめた書籍『シリコンバレー式 globodyフィットネス』(7月28日発売予定)に合わせて取材をおこなった。Sayaさんの物語を知れば、セカンドステージの扉を開けるコツがわかるかもしれない。

取材・文/金澤英恵

「安全なレール」しか選ばなかった過去

アメリカのカリフォルニア州在住で、現在日本に一時帰国中のSayaさん。父親の仕事の関係でアフリカはセネガルで産声を上げ、その後3歳から12歳までをアメリカ東海岸のマサチューセッツ州で過ごした。日本に戻ってきたのは13歳の時だ。

写真/岩谷優一(vale.)
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「帰国してから中学・高校と日本で過ごして、東京の大学に進学しました。学生時代も特に目立つ存在ではなくて、服装も地味でも派手でもなくいたって普通。大学生になってからも夜遊びもしなかったですし。とにかく保守的で、何か選択肢があったらより“安全そうなレール”を選ぶ。その上を歩いていけば間違いないという考えでした。そんな性格になったのは……そうですね。真面目で仕事熱心な両親をがっかりさせたくない。自分だけはみ出ちゃいけない。私はアメリカ育ちでもアメリカ人にはなれない。そんな劣等感やジレンマを、子どもの頃から抱えていた影響かもしれません。とにかく自己肯定感が低かったんです」

その性格は大人になっても変わらなかった。大学卒業後は翻訳業務を含めた事務系の仕事に就くが、「安全・安定」を基準に就職先を選んだという。そんな中、Sayaさんには静かな転機が訪れていた。母親が、がんで他界したのだ。

「母の死を機に、アメリカに行こうと思ったんです。本当は大学もアメリカで学びかったのですが、がんと闘う母を置いて行くことはできなくて。でも、自分が慣れ親しんだアメリカで、いつか何かを成し遂げてみたい。そんな願望はずっと抱いていました。私が大学生の頃に母が亡くなり、いったん日本で就職はしましたが、アメリカに行けそうなタイミングを見計らって、働きながら少しずつ準備を進めていきました。そうして入社から1年後に退職。自己肯定感が低いなりにも足掻いてみたかったと言うと格好がつくのですが、今考えると、母がいなくなった現実から逃げたかったのかもしれません」