2022.06.19
# 量子コンピュータ

「物理学は終わった学問」というのは本当か?

「量子コンピュータ」に見る将来性
18~19世紀にかけて欧州で急激な発達を遂げた電磁気学は、米国のモースによる電信機の発明に始まり、その後の情報通信社会と大衆メディアの礎を築いた。
また、20世紀初頭に生まれた量子力学は、半導体を中心とするエレクトロニクス産業の勃興と発達を促し、便利で豊かな現代社会を築き上げることに大きく貢献した。
そして現在、現実となりつつある「夢の超高速計算機」はそれらと同様未来を創ることができるのか、それとも単なる幻として終わるのか。

量子コンピュータの入門書として刊行された『ゼロからわかる量子コンピュータ』から抜粋してお届けします。

バイオやITよりも地味な物理学!?

「物理学は終わった学問だ」ーーかつて、そんなことが言われた時代があった。いつ頃からかは定かではないが、遅くとも大学で物理学を専攻した筆者が卒業する1980年代半ばには、同級生の間で半ば自嘲気味に囁かれていたような記憶がある。恐らく、それ以前も、あるいはそれ以降も同じようなことが言われていたと思う。

本当は、そのような見方は正しくない。物質の究極の構成要素を探り、宇宙の基本的法則を明らかにしようとする素粒子物理学にしても、地球外の物質や天体、あるいはビッグバンのような宇宙の起源と未来を研究する天文学・宇宙物理学(いずれも物理学の仲間と考えられる)にしても、そうやすやすと最終的な答えが得られる分野ではない。

ときに巨大なブレークスルーが報告されるにせよ、最終解(があるとすれば、それ)にたどり着くまでには恐らく何百年、何千年、あるいはそれ以上となる半ば無限の時間がかかるであろう。問いが続く限り研究は続く。物理学は終わった学問どころか、実際には永遠に続く学問と見るほうが正しかろう。

「物理学が終わった」というのは、恐らく「物理学が産業界の表舞台から消えた」ということを言いたいのであろう。そういう意味なら、確かにある程度、的を射ているかもしれない。昨今、新聞の経済・産業欄等を見れば、(生命科学に基づく)バイオや(情報科学をベースとする)IT関連の記事はよく目にするが、物理学関連の報道を見かけることはそれほど多くない。

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実際にはそれも程度あるいは頻度の問題であって、1980年代には「高温超伝導」が学界や産業界で一大ブームになったことがあるし、最近改めて注目されている半導体産業にしても、数ナノメーターというような超微細化・集積化を可能にしたのは露光装置に使われているレーザー、つまり現代物理学を代表する先端技術である。またインターネットやスマホのようなモバイル通信を支える光ファイバー技術も光学や物性物理学の賜物だ。さらに従来の原子力エネルギーよりもクリーンで安全といわれる「核融合」も、実用化が徐々に近づいていると見られている。

そういった点でも物理学は決して終わった学問ではないのだが、相対的に見れば確かにITやバイオなど現在の花形産業に比べて日常生活からはわかりにくく、若干地味な印象がある。ハッキリ言えば、物理学は産業各界の発展を縁の下で支える裏方的な位置づけに甘んじてしまったのかもしれない。