2022.06.15

大石あきこが明かす「維新ぎらい」の理由

橋下徹氏との意外な「共通点」とは?
政治家とは何をする存在なのでしょうか。数多くの政党がある中で、政治家はどのような社会を作ろうとしているのでしょう。れいわ新選組の大石あきこ氏は現状の社会に対して希望を持てない人々も含めて変えていくことのできる社会が必要だと指摘します。

2021年の衆院選で初当選を果たした大石氏が自らの半生を振り返りつつ、維新政治の問題点と政治家としての信念について記した『維新ぎらい』から、大石氏自身と橋下徹氏の奇妙な共通項などについて語った序章をお届けします。

はじめての直接対決

はじめて橋下徹氏と対面したのは2008年3月13日、大阪府庁の朝礼の場でした。

私は府職員で、大気汚染や廃棄物の規制をする部署に勤務していました。大阪府知事に当選した橋下氏が職員に向けて訓示をするというので、上司に出席するよう促されたのです。

「府庁を変えるのは知事でも幹部でもなく、第一線の職員であるみなさんです」

リップサービスは第一声だけで、二言目には新知事からの宣戦布告が待っていました。

「本当は始業前に朝礼をしたかったけど、超過勤務になると言われてできなかった」 「民間では始業前に準備や朝礼をするのが普通。そんなこと言ってくるなら、勤務時間中のたばこや私語も一切認めない、給料カット」

朝礼の開始時刻は午前9時15分でした。「9時から始めたい」と主張したのに、頭の固い公務員のせいで思い通りに事が運ばなかった、と橋下氏は訴えたかったようです。批判しだしたらスイッチが入って自分でも止められない――そんな様子でした。

朝礼には30歳以下の若い職員だけが集められました。私はちょうど30歳でした。中高年の職員との間に一線を引くことで、「君たち若手こそが改革の主役である」というメッセージを送りたかったのでしょう。

古くさい公務員体質を一掃するつもりで自分は府知事になった、若い職員の皆さんなら共感してくれるはずだ――約3000人の職員にそう伝えたかったのだと思います。

「意見があるなら言ってほしい」

一通りの話を終えた後、こちら側に水を向けてきた橋下知事に、私は立ち上がって言いました。

「ちょっと待ってくださいよ。どんだけサービス残業やってると思ってるんですか」

まさかこんな生意気な職員がいるとは予想していなかったのかもしれません。橋下知事は一瞬驚いたような顔を見せましたが、「だからそういうことをぜひ言ってください」と大人の対応を見せました。私はさらに続けました。

「今の府庁に問題はありますよ。でも、それは職場で職員が信頼関係をつくり、上も下もなく、府民のための仕事を本気で議論することでしか解決しません」

「あなたは若い職員に『上司に不満があれば自分にメールを送って』などときれいなことを言うが、職場をバラバラにしている。職員と府民を分断している。あなたのやろうとしていることは逆ばかり」

次第に場の空気が凍りついていくのがわかりました。橋下知事は黙って聞いていま す。最後は「ありがたい意見。どんどん言ってほしい」と言って朝礼を締めくくりま したが、終了後に廊下を歩く表情は「鬼のような形相だった」と近くにいた職員から聞きました。

「自治体経営に革命を起こす」と言って府庁に乗り込んできた橋下知事。選挙の過程でも「公務員のケツを蹴る」などと叫んで、テレビが英雄のように取り上げました。誰かが「あなたのやっていることは人権侵害だ」と声を上げなければ、公務員をはじめ、すべての労働者がひどい目にあうと考えました。

この時、私の「どんだけサービス残業」はそのキャッチーさから世論を大きく二分しました。橋下人気が絶頂のころだったので、改革派知事に盾突くヒラ職員は、世間には目障りだったのでしょう。市民からも「自分はサービス残業をしていないくせに、橋下さんに文句を言うのか」と叩かれました。

府庁への抗議電話は約1000件に上り、私のいる部署や総務部の電話はパンクしました。窓口に「革命戦士のいる部署はここか」と言って直接乗り込んでくる年配の男性もいました。

インターネットの掲示板「2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)」には、ピーク時に一晩で20ものスレッドが立ちました。スレッド一つに1000件の意見が載るので、その数2万件。もう大炎上です。

いちいち内容を確認していたらたまらないので、代わりに身内が見てくれました。「今から刺しに行くので深夜バスに乗る」といった殺人予告まであり、気が休まりませんでした。橋下知事への殺人予告であれば捜査されていたでしょうに。

励ましてくれる人たちもたくさんいました。「朝礼であなたが言った『職員と府民を分断している』というフレーズは、このすさんだ社会で久々に心が洗われる一服の清涼剤でした」と言った元上司がいました。一緒に仕事をしたある市役所の人は「勇気ある行動に敬意を表します」と話しかけてくれました。無数の励ましが届きました。

振り返れば、私はあの時をきっかけに自分の中の何かが変わりました。一夜にして、一個人としてバッシングを受ける人生にシフトしたのです。

「過去の大石あきこには戻れない。この先どう生きるのか」と問われている気がしました。人としての尊厳は手放したくない。でも不当な圧力には抗うしかない。闘うのか、撤退するのか。「よし闘おう」と決めた転機でした。

 

嫌いな理由と共通点

2021年秋の総選挙で初当選し、私はれいわ新選組の衆議院議員になりました。

あの時の因縁もあって、世間では私は橋下徹の天敵のように思われていますし、私もそのように振る舞っています。「橋下のことが嫌いか」と尋ねられれば、当然「嫌いです」。

強い者にすり寄る反面、弱い者にはめっぽう強い態度で臨む処世術は組織をゆがませ、周りの人間を不幸にします。大阪府庁という空間でまさにそれが起きたのです。

しかし今回、『維新ぎらい』を書くにあたって、「私は橋下徹と正反対なのか」と自問した時、奇妙な共通項があることに気づきました。

出身高校は共に大阪府立北野高校で、私は橋下氏の8学年後輩でした。いわゆる進学校でしたが、橋下氏の著書によると、しょっちゅう遅刻をし、斜に構えた態度で教員に接する姿が記されています。自分と同じとまでは思いませんが、私もまた、反抗的で遅刻の絶えない生徒だったのです。

そして現在、国会議員として慌ただしい毎日を送っていると、知らず知らずのうちに、他人に対して橋下氏のような言動をとってしまっている自分にふと気づく瞬間があり、「まずい」と反省することが実はあります(詳しくは『維新ぎらい』第1章に記します)。

また、橋下氏のケンカの目的は度しがたいものがありますが、ケンカの仕方については「ほんまに勝ちたかったら、絶対にひるんではいけない」というものであり、野党も少しは見習ったらどうだと思っています。

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