大学数学にも浸透してきた「暗記だけの学び」

理解を大切にした学びを伝え続けたい
芳沢 光雄 プロフィール

説明がなければ、初学者は困惑するばかり

たとえば2つの集合Aと集合Bが等しいことをいうために、Aの任意の要素aがBに入り、Bの任意の要素bがAに入ることをいえばよいのである。しかし、これを説明なしに当然のごとく教科書に書いてあったり、授業の講義で用いたりすると、初学者にとっては若干困惑することになる。

また、関数の極限に関して高校数学では次のように学ぶ。

関数f(x)について、xがaに限りなく近づくとき、f(x)の値がαに限りなく近づくならば、

x→a のとき f(x)→α

と書いて、αをx→aのときのf(x)の極限値という。

一方、大学数学では上記の極限値の定義については、次のように学ぶ。

任意の正の数εに対し、ある正の数δが定まって、

0<|x-a|<δならば|f(x)-α|<ε

が成り立つ。

仮に高校数学が優秀であった人でも、この両者の違いを簡単に乗り越えられる初学者は少ないのではないだろうか。この問題の本質には、日本人が苦手とする「すべて」「ある」の用法がある。

先ずは、「すべての学生はスマホをもっている」の否定は「ある学生はスマホをもっていない」であり、「ある学生の身長は190cm以上」の否定は「すべての学生の身長は190cm未満」であることに注意するとよい。この辺りからしっかり学ぶことによって、その違いは徐々に乗り越えられるようになるだろう。参考までに述べると、前述の線形空間の理解でも同じで、「すべて」と「ある」の用法が鍵となる。

要するに、「大学数学の入り口という山を登るには、それなりの苦労は当然である」という考え方が従来からあったように振り返る。その影響として、「大学の数学は高校までの数学とは全く違って、ついていくのが大変だ」と嘆く数学科新入生は毎年、少なからずいる。このような学生の中には、大学での専攻の選択を誤ったと思うこともあって、筆者は数学科の教員時代に何度か心苦しくなった。

このような光景は、他の学問分野ではほとんど見掛けないものであるが、心理学では入学前と入学後のイメージが意外と違うようにも聞く。入学前は「心の学問」ということから数字とは無関係と思っていたものの、入学後は「統計が中心で驚いた」というものである。しかし、両者の間には大きな壁はないようだ。

【写真】専攻の選択を誤ったと思う学生もいて、心苦しく思うことも数学科では、専攻の選択を誤ったと思う学生もいて、教員として心苦しく思うこともあった photo by gettyimages

大学数学の入り口辺りにも浸透してきた「暗記だけの学び」

ここ数年、AIのための機械学習やデータサイエンスなどの関係から、大学数学を学ぶ人達が相当増えている。もちろん筆者からすると、大学数学の裾野が広がること自体は歓迎すべきことである。ところが、時間的な制約等の致し方ない面もあってか、初等中等教育に関する「理解を無視した暗記だけの学び」が大学数学の入り口辺りにも広く浸透してきたと感じる。これは、日本の将来にとって小さくない問題ではないだろうか。

実際、筆者はここ数年、その方面の学びを志す方々から、微分積分や線形代数や統計に関する基礎的な質問をときどきいただく。意外と多いのは、統計の多変量解析で用いる分散共分散行列の固有値に関するもので、「分散共分散行列の固有値はすべて正で互いに異なるとしてよいようですが、自分が学んだ多変量解析の本にはそのような説明がありません」という内容である。

この質問は、むしろ几帳面に学んでいる方々からのものであって、他は「理解」を深める学びをしていれば簡単に解決する質問がほとんどである。例を少し挙げると、行列式の定義では、「偶置換・奇置換の一意性」という性質が必要である。この性質は知っていると言う人でも、それと本質的に同じことである次のあみだくじの性質は「分からない」と言う。

たどり着く先がすべて同じ2つのあみだくじがあるとき、それぞれの横に引いてある線(棒)の本数が偶数か奇数かは一致する。

また、「標準正規分布の表を使って仮説検定を学んでいたので、標準正規分布の面積が1であることはよく知っています。標準正規分布でない一般の正規分布の面積も1になるのでしょうか」という質問もある(答えはYES)。

それ以外では、高校の数学IIは履修したものの、数学IIIは履修していないことから、誤って連想して得た微分積分の"公式"についてなど、不思議な質問もある。

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