週刊誌の編集者からフリーライターとなって、長く活躍していた高清水美音子さんの連載1回目の後編。長男と夫を病気で失って、肩を落としていた中で告知されたのは、多系統萎縮症という難病でした。

自ら命を断つことも考えた高清水さんが昔の自分の日記に力をもらい、「仕事をしたい!」と思ったことをお伝えした前編に続き、さっそくハローワークに行った時のことを後編で伝えていただきます。

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人に会うって、いいことだと久しぶりに気づく

週が明けて、新宿のハローワークに行く。事前に電話で「難病向けの求人、ありますよ」と言っていたのに、もごもごと、「飯田橋のハローワークに、難病専門の方がいるんですけどねー」と言う。先に言ってよ~!「15時からなら、時間が取れるみたいです」と担当者。まあ、ギリギリ、なんとか着くだろう。とっとと飯田橋のハローワークに向かう。
駅を出て、方向を間違えて、ナビもちゃんと使えず、結局タクシーでワンメーター。でも、15時ちょい遅れで、着いた。
 
“難病専門の方”というのは、私より年上の、落ち着いた女性だった。
「たとえはこの求人は、難病の方が受かって、働いています」
「難病の方も、障害者雇用ほどではないですが、雇うと、会社に助成金が入るんですよ」
などと教えてくれる。

そうか、いざというときにこのチラシを見せて、
「わたしを雇うと、こんないいことがありますよ~」
とでも使えばいいのか?

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女性に、「そもそも、どうして、急に働こうと思うようになったんですか」と聞かれたので、息子と夫との死別、そして、むかしの初彼と、大恋愛の彼の日記や手帳が出てきたことを話す。公的機関で、なぜわたしは過去の恋愛、語ってるんだろ? と思いつつ。
「そうしたら仕事の神が降りてきて、働こう! と思うようになったんです」

“難病専門の女性”はこう言った。
「ご主人と息子さんが、もう少しそっちで頑張ってね、って言っているのかもしれませんね」

もちろん、最愛の息子と夫ですもの!

その日、いい求人はなかった。最後にその女性が、
「就職が決まったら、教えてくださいね」
と言ってくれた。いろんな人に会うようになると、いろいろなところで、応援をしてもらえたりするんだなとわかった。お仕事トークだとしても、うれしい。