「余命は7月末です」
と、若い医者が言う。

「7月末って……。今日は、もう7月15日ですよ。半月って……。 どうにもならないんですか? 肝臓に転移? わたしが肝臓をあげてもダメなんですか? そんな、そんなことって……」

この状態ではもう無理だという、若い医師。病院に来たら、夫は大腸がんのステージ4だった。肝転移していて、真っ黒な肝臓。黒いところが、がんだという。取り乱しても、泣いてはいけない。この後、夫本人が来て、一緒に告知を受けるのだから。

夫が来る。大腸と肝臓の様子を画像で見て、同じ説明が淡々と進む。
「治るんですか」と夫。「いいえ。向き合いましょう」「そうですか」。夫が言ったのは、それだけ。その後家に帰れることになって、8月15日、ろうそくの灯がフッと消えるように、天国に旅立った。

週刊誌の編集や教育雑誌のライターを長年つとめてきた高清水美音子さんが「障害者雇用」の現実を伝える連載第1回。前編では、高清水さんが障害者雇用に関わるようになった経緯をお伝えします。
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夫の告別式で検査を勧められ

わたしは、7年前に病気によって当時15歳の最愛の息子を亡くした。そしてその6年後、今度は最愛の夫を亡くす。だが私の人生にさらなる問題が降りかかってきた。

夫の告別式のときの私の歩き方を心配した母が、検査をすることを勧めてきた。そこで自分が難病にかかっていることがわかった。多系統萎縮症。簡単に説明すると、手が震えるなど、パーキンソン病のような症状、立ち眩みなどの自律神経系の症状、ふらつきや、ろれつが回らないなど、小脳系の症状から始まり、最後には全部の症状が出る。だから、多系統。わたしはパーキンソン病のような症状が出た。進行性の難病で、一般的には発症から5年で車いす状態、さらに2年で寝たきり、そこから1~2年で亡くなるといわれる。

パーキンソン病を疑って検査をした Photo by iStock

夫が亡くなって悲しい。ツラい。寂しい。でも、そんな感情は横において、まず考えなくてはならなかったのが、お金のこと、そして自分の病気のこと。作文教室の仕事は、コロナで壊滅状態。左足を引きずる杖歩行の女、50歳オーバーの女に、どんな仕事があるのだろう。