目の前にいる聴衆の感情を生き返らせたい

「我々歌手に課せられた使命は、目の前にいる聴衆の感情を生き返らせることです。コロナ禍で、劇場の灯りが次々と消えていく中、その思いは信念となって、私の心に響くようになりました」

22年6月、世界最高峰のオペラ歌手で指揮者でもあるプラシド・ドミンゴさんが、約2年半ぶりに来日する。半世紀以上にわたって、オペラ界の頂点で活躍を続けながら、教養人として、数々の人道的な取り組みにも力を尽くしてきた。日本でも、東日本大震災で海外アーティストの来日中止が相次ぐ中、2011年4月に予定通り日本公演を開催。コンサートのアンコールで被災地に思いを馳せて童謡「ふるさと」を歌ったシーンは、のちにテレビでも放送された。その心のこもった歌声に、涙した人も多いだろう。

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ドミンゴさんが最後に日本でコンサートを開催したのが、2020年1月。2ヵ月後の3月には、新型コロナウィルスに感染したことが発表された。

「愛する人を抱きしめることができない孤独感は、病気に加えて、私にとっての最大の痛みであり苦しみでした。他の多くのコロナ患者にとっても同様だったと思います。ただ、病から生還できたことと、それによって歌に対する思いがさらに強くなったことは、神様からのギフトであると考えています」

完治はしたものの、その後の新型コロナウィルスの世界的な感染拡大で、ヨーロッパの劇場も軒並み休館となった。やがて公演は再開されたが、当初は、そこに観客の姿はなかった。観客のいない、空の劇場を見るのは胸のつぶれるような思いだったという。

2022年4月末、ハンガリー国立歌劇場『シモン・ボッカネグラ』カーテンコール