「母、80歳、認知症。
姉、47歳、ダウン症。
父、81歳、酔っ払い。
ついでに私は元SMの一発屋の女芸人。46歳。独身、行き遅れ。
全員ポンコツである」
こんな書き出しで始まった連載「ポンコツ一家」。にしおかすみこさんが母親の変化に気づき、家族との同居をスタートさせてからのことがリアルに描かれている。
母親が認知症という診断を病院で受け、冷蔵庫がヘドロになっていたり、麻薬の売人と思われて言いふらされたり、理不尽に責められたりしながらも、ふとした瞬間に記憶がつながる様子もみられ、「にしおかさん、そうだったのか」「壮絶な現実を笑いをもって書いてすごい!」「でもひとりで頑張りすぎないで」とSNSでも多くのコメントが寄せられている。
また介護のこと以外にコメントが寄せられているのが、ダウン症だというひとつ年上のお姉さんのことだ。連載9回は2021年3月、お姉さんの誕生日の日のことからお伝えする。
姉の誕生日
2021年3月。
姉の誕生日。
「おめでとう。いくつになったの?」と聞いたら、
「永遠のハタチ~」とパッと顔を上げ、目尻と額にたっぷりの皺を作って笑う。初老に見える。
母が撫でるように姉のショートカットに手櫛を入れる。もう2週間以上、風呂に入っていない。白髪はない。黒々とペッタリと貼り付いた髪が岩海苔のようだ。時折、短い前髪の分け目をかえながら頭頂部の透けた地肌とフケを隠してやっている。
「フフフいいねえ、お姉ちゃんは年を取らなくて。家に帰ったらお祝いしようね。今日は今から頭のハゲ見てもらわないと。すみちゃんは不潔にしてるからだって言うけど、違うよねえ、ストレスでハゲちゃったんだよね。お姉ちゃんだって毎日毎日感じるもんねえ」と。
姉が神妙な顔で頷く。私のこめかみがピクつく。
「何のストレス?」と、聞きたくもないのに口が勝手にしゃしゃり出る。
出来るだけ柔和な声を出したつもりだったが、思った以上の作り声が嫌だった。
ゴクリと喉をならし、真っすぐな眼を私に向け、姉は答えた。
「コロナ」
……ああ。そう。ハゲるほどに?
ウチと言われなかったことにホッとする。
皮膚科の待合室に
朝9時過ぎ。3人で皮膚科の待合室にいた。
姉を真ん中に挟み、並んで長椅子に腰かけている。
「お姉ちゃん、何でお風呂入らないの? 何が嫌?」と聞き少し待つ。姉の間合いは独特だ。
母が喋る。「やっぱり嫌だ。帰ろう! ここだけの話、ハゲた医者にハゲを治せるわけがない! すみ、角が立たないように、コロナ禍だから出直しますって受付にやんわり言って!」
ここだけのボリュームではない。
姉が私に答える。「お風呂は本気出したら入れるんだけど、コロナだから」と。
母よ、姉よ。コロナは印籠じゃない。
それに初診だ。「先生がハゲかどうかもわからないし、ハゲの偏見がひどいよ」と返したら、
母が「ハゲハゲ言わない! ハゲって言葉で傷つく人のことを考えなさい!」と。
私は顔を動かさず、この待合室に薄毛の男性が数人いることを黙視する。
「ブハァァァ~」と。あからさまなため息のような音がする。
横に設置された空気清浄機が風を吐き出している。点灯が赤だな……家族3人にレッドカードを言い渡されたような気になる。