今から9年前、「維新の会」が落ち目の民主党に迫ったとき、内部では何が起こっていたのか?橋下徹と「維新」の闇を赤裸々に明かす

連載「維新戦記」第2回
衆議院議員・米山隆一氏は、新潟県知事を務める前の2012年から2015年にかけて、日本維新の会に所属し、衆参選挙を戦った過去がある。彼がみた「維新」の本質とは何か? 迫真の記録で迫る。

連載第1回(前編後編)もあわせてお読み下さい。

2013年、野党第一党をうかがう状況で

2012年の衆議院選挙の敗北は私にとって苦いものでしたが、私の政治意欲は失われていませんでした。日本維新の会代表・橋下徹氏をはじめとする執行部の対応には憤りもありましたが、落選後も連絡を取り合っていた同期の仲間と愚痴を言い合うことで自分を納得させるばかりでした。

私は、今後の立候補希望に対する党からのアンケートに、次期参議院新潟県選挙区への立候補を希望すると回答しました。

衆議院選挙で私は落選しましたが、民主党が230議席から57議席と激減する中で、維新はこれに迫る54議席を獲得し、野党第一党をうかがう状況にありました。世論調査によっては多少の違いはありましたが、2013年1月のNHKの世論調査では政党支持率が民主党7.6%に対して維新6.5%と迫っており(政治意識月例調査-2013年/NHK放送文化研究所)、当時定数2であった新潟県選挙区では、十分勝機があると考えたからです。

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この年の新潟は大雪で、2013年の年明けから私は選挙のために、休んでいた弁護士、医師の仕事に追われていました。国会では誕生したばかりの安倍晋三首相が、3月16日、僅か3ヵ月前の選挙で掲げた「TPP絶対反対!」を翻し、交渉参加を表明していました。

そんな中で、維新の会への入党の声をかけてもらい、その後も親しくしていた松浪健太衆議院議員(当時・現大阪府議)から、あまり嬉しくない知らせを受けました。

「新潟は、今回凄い候補──我々の中では『特A』っていうんだけど──そういう候補が手を挙げているんだ。僕は米山君を推すけど、分からないよ」

 

新潟に維新の会の候補となりそうな人物は見当たらず、特に問題なく自分が選ばれると思っていた私は、「そんな奴がいるんだ」と驚きを禁じえませんでした。一方で「特A」の人物が誰なのか見当もつかず、最終的には自分が選ばれるだろうという思いもあり、比較的楽観的に構えていました。

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