それでも地球から戦争がなくならない理由

「正しい戦争」は本当にあるのか(1)
経済のグローバル化が進み、世界中のサプライチェーンがつながったことで、国家間の大規模な戦争が「不合理なものになった」と思われていたいま、なぜロシアは侵略を開始したのか。国際政治研究の第一人者の著書『「正しい戦争」は本当にあるのか』の一部を、抜粋してお届けします。

3つの戦争論

藤原 戦争のとらえ方は、大きくまとめると三つぐらい、考えられるんです。

ひとつは悪いやつが戦争を起こすんだ、戦争を起こそうとするような政府は取り除かなければ、そうでないと平和は訪れないっていう考え方ですね。武器が悪いんじゃなくて、武器を使うやつが悪者だから、それがダメなんだ、っていう。悪いやつを倒す正義の戦争ってわけです。ナチの話っていうのはまさにそれで、ナチを取り除くから平和になるんだっていう理屈です。〈ミュンヘンの教訓〉(*1)という言葉があります。イギリスのチェンバレン首相はナチとミュンヘンで交渉するわけですが、この宥和 政策は間違いだった、ナチなんかを前にするときは交渉じゃなくて、武器を手に取るべきだったっていう教訓です。ナチみたいな悪いやつはモトから断たなくちゃダメっていう議論ですね。これは非常にわかりやすい。

ここでは戦争と正義の問題がつながってますよね。

――はい。

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藤原 ふたつめの見方ってのはこれと違って、戦争と、正義とか邪悪とかいった価値観を切り離す見方です。戦争というのはあくまでも力関係の話であって、どっちがいいとかどっちが悪いとかいうことではない。自分のために、お互いにみんな切った張ったをするのが戦争だっていう考え方です。国際政治学でいう〈リアリズム/現実主義〉(*2)ってのはこっちなんです。どっちの政府が悪いかっていう価値判断じゃなくて、政府というのはどれも悪い。どの政府も自分たちの欲望や利益を最大にしようとして行動している。そういった政府がそれぞれさらなる権力を求めて、お互いに脅し合ってる状態が国際関係なんだっていうふうに見るんですね。この場合、戦争にはいいも悪いもない。戦争は国家の政策のひとつ、それだけのことです。

 

この〈リアリズム〉の方が、国際政治では基本的な考え方になります。世界政府なんてないんだから、それぞれの国家は自分で自分を守るほかはない。そして、各国が脅し合って、均衡状態が生まれたときが平和だっていうふうに考えるんです。これを力の均衡とか勢力均衡とか言います。いまでも、どことの力のバランスとかなんだとか聞いたようなこと言うじゃないですか。国際政治は国と国の脅し合いだ、正義もへったくれもあるもんかっていう、これがふたつめの戦争のイメージです。この場合、正義のために相手の政府を取り除いちゃうって方法は、かえって国際関係を不安定にするので、望ましくない。〈リアリズム〉は現状維持が第一の考え方ですから、そこにある政府を倒すようなやり方はやりすぎってことになる。相手が正しかろうとなんだろうと、攻められないように脅しておけばいい、それが平和だってわけです。

※1ミュンヘンの教訓 1938年9月、チェンバレンはミュンヘン会談で、これ以上侵略しないというヒトラーの言葉を信じ、それまでの領土拡張を受け入れた。ヒトラーは増長、さらなる膨張主義に乗り出し、第二次大戦へとつながった。

※2国際政治学のリアリズム/現実主義 国際政治学の最も支配的な学派。倫理・国際法・国際機構を重視するリベラリズムに対し、自分たちの分析こそ「現実的だ」と主張する。「現実的」の一般的な用法と区別するために、本書では〈リアリズム〉と表記する。

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