信州大学特任教授であり、法学博士・ニューヨーク州弁護士である山口真由さん。東大卒の才女として様々なメディアで活躍するが、Twitterでのつぶやきはコミカルで飾らないものが多い。そんな意外な「素顔」を率直に綴っていただく本連載。

今回は、5月8日の“母の日”を経て改めて考えた、ご自身と母親の関係について。山口さんが過去を振り返るとともに、小さいころから変わらない「与えてくれる母」と「与えられる娘」の構図について改めて考察する。

絶対的だった「母の言葉」

幼い頃の私に、絶対的なルールブックを与えてくれたのは母だった。

勝ち気でチャキチャキとした母は「自分のことは自分で」をモットーに生きてきた。それゆえ、他人に迷惑への迷惑を恥とし、娘たちにも決して許さなかった。

「長時間のフライトで子どもの近くの席なんて最悪と思ったけれど、あなたたち、本当にお人形さんみたいに動かないのね」

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これは、成田からモントリオールへと12時間の長旅を終えて飛行機を降りるときに、隣の席の女性が、小学校1年生の私と保育園児の妹にかけてくれた言葉である。それを聞いた私と妹は、許可を求めるように母を見上げた。にっこりと微笑み返した母を見てはじめて、私たちは魔法が溶けたようにカチコチにこわばった顔を緩めたのだ。

エコノミークラスの狭い座席に並んで座った瞬間、小さな窓の向こうの滑走路に興奮して騒ぎ出す直前の私と妹に、母はこう言い含めた。

「よく聞いて。もしあなたたちが騒いで、誰かに迷惑をかけるようなことになったら大目玉よ」

見開かれた母の両目のあまりの巨大さに、私たちは“大目玉”の意味を直感的に理解した。そこから魔法で石に変えられた少女たちのように、私たちはツインテールを縛るリボンをピクリとも揺らさず、不動の姿勢で長時間のフライトに耐えたのだ。宙へと浮かび上がる飛行機の興奮よりも、狭い座席で過ごす疲労よりも、ただただ射すくめるような母の視線が怖かった。