「評価される論文」に必要なのは、中身よりも「型式」である

アメリカで教えられる論文の鉄則
近年、日本の大学でも「論文の型」が求められるようになってきました。その際に最初に参照されるのが、「ハンバーガー・エッセイ」や「パラグラフ・ライティング」といった、アメリカで定式化された「型」です。
社会学者の小熊英二さんが論文の書き方を解説した現代新書の新刊『基礎からわかる論文の書き方』から、アメリカの「論文の型」の背景にある社会事情を解説した章をお届けします。

内容以上に、型式が評価される

アメリカのライティング教育では、パラグラフを構成して論文を書く型式が教えられます。そこで重視されるのは、事実にもとづいて論証したり、説得的に提示したりする能力の訓練です。

れに対し日本の国語教育では、「主人公はどういう気持ちなのか」「著者の言いたいことは何か」といった質問が多くなされ、相手に共感する能力を訓練します。作文でも、「自分の気持ちを素直に書く」ことが求められたりします。

どちらがよいかは、一概にはいえません。確かなことは、これがアメリカで教えられている型式であり、この型式に沿って書かないとアメリカの学校では高くは評価されないということです。

C その型式に従わないと、評価されないんですか。

教員 日本をはじめ、非英語圏からきた学生は、この型式で教育されていない。だから、高く評価されない傾向がある。30ヵ国以上から来た700人の留学生の論文を分析して、パターン分類した研究もあります。

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C 「エッセイ」って、自由作文みたいなものだと思っていました。

教員 「エッセイ」の元来の意味は「試論」なので、その理解が間違いとはいえません。しかしアメリカの大学や企業にessayを提出する場合は、自由作文を要求されているのではないでしょう。

C つまり、決まった型式で、自分の主張を論証する文章が求められている、ということですか。

教員 アメリカ型の「エッセイ」ならば、論理的に相手を説得する能力があるかどうかを、審査できると考えられます。しかし応募者に自由作文を提出されても、そういう審査資料として使えないでしょう。

C どんな小論文を提出するんですか?

教員 先に述べた考え方にもとづくなら、たとえば入社試験の課題エッセイで「自分について書いてください」と求められたら、

1. つかみ:その企業との出会いを物語にして述べるnarrative paragraph
2. 序論:自分を雇うべきだと主題提起するintroductory paragraph
3. 本論1:自分の長所を記述するdescriptive paragraph
 本論2:自分の長所を他の応募者と比較するcomparative paragraph
 本論3:自分が企業にどんな好影響を与えられるか述べるcause/effect paragraph
4. 結論:自分を雇うべきだと再確認するconclusion paragraph

というような構成の「エッセイ」が考えられるかもしれません。

C でも、日本の受験や入社試験の小論文で、そういう文章が要求されるんですか。

教員 それは、出題した学校や会社がどういうことを考えて、どういうことを要求しているかに依るでしょう。

日本企業が求めているのは、こうした論理的な説得能力ではないかもしれません。

経団連(日本経済団体連合会)は、1997年から毎年、加盟企業に「新卒一括採用についてのアンケート」を行って、「選考にあたって特に重視した点」を挙げてもらっていました。2018年の調査によると、1位から順に1. 「コミュニケーション能力」、2. 「主体性」、3. 「チャレンジ精神」、4. 「協調性」、5. 「誠実性」、6. 「ストレス耐性」でした。それに対し、「論理性」は7位、「問題解決能力」は9位でした。ちなみに「専門性」は13位、「語学力」は17位、「留学経験」は19位でした。

つまり日本企業が求めているのは「論理性」よりも、「コミュニケーション能力」や「協調性」でした。これはつまり、「他人に共感する能力」「自分の気持ちを伝える能力」なのかもしれません。日本の国語教育は、こうした日本企業の要望にみあった能力の訓練を行ってきたのだ、という見方もできるでしょう。

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