2022.05.15
# 週刊現代

悲劇の名馬「ライスシャワー」…悪役の汚名をかぶり、淀に散った「伝説のステイヤー」をご存じか

伝説の名馬「ライスシャワー」ーー。その小さな馬体から溢れる闘志と殺気が、幾度となく逆境を跳ね返した。鞍上は名手・的場均。名コンビのドラマはいつも京都競馬場の3コーナーからだった。そんな活躍を実況したフリーアナウンサーの杉本清氏、主戦騎手を務めた的場均氏、そして作家の柴田哲孝氏が語り合った。

最初で最後の対決

柴田哲孝(以下柴田) 毎年、天皇賞・春が行われるこの時期になるとライスシャワーを思い出します。ライスシャワーの競走生活における2度の天皇賞・春('93年、'95年)の制覇は、ともに大きなターニングポイントとなったレースでした。

1度目は当時、最強馬だったメジロマックイーンが相手でした。マックイーンは天皇賞・春の3連覇、そして、鞍上の武豊騎手は5連覇がかかっていたレースで、大半の競馬ファンがマックイーンの勝利を疑わず、応援もしていた。

私は前年のダービーで16番人気のライスシャワーが2着になった大穴馬券を獲って以来、ライスのファンでしたが、マックイーン相手では分が悪いかな、と。

ライスシャワー 1995年6月4日 京都競馬場(wikipediaより)ライスシャワー 1995年6月4日 京都競馬場(wikipediaより)
 

杉本清(以下杉本) 僕もマックイーンが負けるシーンは想像できませんでした。ライスシャワーの主戦騎手だった的場さんはどういう心境だったんですか?

的場均(以下的場) 私は勝つことしか頭にありませんでした。マックイーンの7歳(馬齢は旧表記)という年齢を考えるとこのレースがライスとの最初で最後の対決になるかもしれない、と余計に気合が入りましたね。

最強馬を相手に「横綱競馬をして勝つ」という気持ちでした。しかし、究極の状態でレースに臨まないとマックイーンには太刀打ちできない。ライスは過酷な調教を課されました。小柄な馬なので斤量負けしないように重い鉛のゼッケンを乗せて調教した。ここまでやったのは後にも先にもライスだけです。

柴田 当日、パドックでライスの馬体を一目見て「いい勝負をするかもしれない」と思い直しました。馬体重は前走から12kg減の430kg、肋骨が浮き出るほどに痩せて見える腹にも強靭な筋肉が走っている。まるで細い金属繊維を集めて編まれたような鋼の馬体でした。

杉本  でも相手はあのマックイーンです。

的場 ライスに乗っていた僕ですらマックイーンという馬に惚れていたぐらいです。4歳の夏に函館で当時の主戦だった内田(浩一)君が調教していたのをたまたま見て一目ぼれ。

彼と「すごい馬になる」と話をしていたのです。逆にライスに最初に跨ったときは「ちっちゃい馬だな」という感想で能力を見抜けなかった。そのことは今でも恥ずかしく思っていて、僕の最大の汚点です。

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