2022.05.12

「教師の給与・待遇」が悪いのは、じつは明治時代からだった…教員をめぐる問題はなぜ生まれ、どう変化してきたのか

教員の待遇・労働環境問題、教育格差への対応、画一的なカリキュラムを一斉授業することへの批判――教師をめぐるこれらの問題は、何も最近議論や取り組みが始まったことではない。だが、その歴史を知る人は決して多くはないだろう。

明治以来の小学校教師の社会的な位置づけと、教員が発信・実践してきた思想の歴史を現代に至るまでまとめあげた船寄俊雄・近現代日本教員史研究会編著『近現代日本教員史研究』を読むと、近年取り沙汰される学校をめぐるトピックの多くがどのように発生し、あるいはそもそも目指したものから変化していったのかが見えてくる。

船寄俊雄・大阪信愛学院大学教育学部教授、神戸大学名誉教授に訊いた。

[PHOTO]iStock
 

「個別最適化」教育から「集団への一斉教授」へ

――日本では1872年の「学制」によって近代的な学校が創設され、江戸時代までの手習い塾や私塾の「師匠」とは異なる存在としての「小学校教師」が誕生し、それまでとは異なり、欧米の新しい知識や技能を、一定の教育課程に基づいて一斉に教授することが求められるようになった――これが近代の教員史の始まりだそうですね。近年「個別最適化」した教育を重視すると文科省が言っていますが、近世の寺子屋はひとりひとりに個別に教えていたので、ある意味では回帰なのかなと感じました。

船寄 近代以前の日本は集団でものを成し遂げる事柄が日常に存在しなかったがゆえに、師匠と寺子が一対一で対応することが自然だったわけです。そもそも西洋の学校のように集団に対して一斉に伝える効率性が必要なかったんですね。

そこに幕末から明治にかけて福沢諭吉などが「西洋には学校というしくみがあり、人々がみな一定の知識を得ている。これを導入しないといけない」と気付いたことで近代的な学校ができた。ですから「個人化」「個性化」と言っても近世と現代では時代が違うので、寺子屋をいま「理想」として掲げていいかと言うと、そう単純な話ではありません。

もちろん、受講者側が理解できていようがいまいが一方的に進んでいく一斉授業を好ましく思っていない人が昔からいたことはたしかですが。

――2015年の中央教育審議会答申を見ると教育の目的を「国の繁栄」「国家社会の活力へ向けての人材育成」とし、教師にはこれに資することを求めているのであって、つまるところ近年の「個別最適化」はひとりひとりに寄り添うというより、国家のための教育になっている、と船寄先生は指摘されていました。

船寄 言葉だけ聞くと「個別最適化」は良さそうな印象を受けるかもしれませんが、国が発信する文面をよくよく見ていくと、その内実は「すべての子どもを救う」というより、コンピュータを使った高度な授業などは「付いてこられる人だけが付いてきてくれればいい」という思想に実質的にはなってしまっていると私は見ています。

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