我が国の深海研究において有人潜水調査船がどうしても必要な理由

リモートと対面の「二刀流」を目指せ

「深海の科学」を聞くシリーズ 第2回(全3回)

人間を深海・超深海に運ぶ乗り物

日本の海洋研究開発機構(JAMSTEC)の「しんかい6500」は1991年、当時としては世界で最も深い海に到達できる有人潜水調査船として運用を開始。2022年3月15日に第1619回目の潜航調査(相模湾初島沖)を記録、はかりしれない科学的成果をあげてきた。

【写真】しんかい6500「しんかい6500」の第1000回記念潜航(2007年3月15日)。山根一眞が搭乗取材を行った(写真:山根一眞チーム&JAMSTEC)

「しんかい6500」は建造から約20年間、研究者を水深6500mの深海まで運べる世界唯一の有人潜水調査船として君臨してきたが、2012年6月15日、そのトップの座を奪われた。

水深7000mまで潜航できる設計で建造された中国の有人潜水調査船「蛟竜号(Jiao Long)」が水深6671mに到達し、「しんかい6500」の最深記録(6527m)を破り、さらに6月24日、マリアナ海溝の深さ7020m到達の記録を打ち立てたからだ。

もっとも、それより深い世界の海の最深部、マリアナ海溝チャレンジャー海淵への潜航は1960年から何度か達成されている。2020年現在、チャレンジャー海淵には16人が到達している。

・1960年:トリエステ号、海洋学者のジャック・ピカールとアメリカ海軍大尉のドン・ウォルシュ(1万912m)
・2012年:ディープシー・チャレンジャー号、映画監督のジェームズ・キャメロン(1万908m)
・2019年:リミティング・ファクター号、探検家で富豪のヴィクター・ヴェスコーヴォ他3名(1万925m)。ヴェスコーヴォは、5大洋すべての最深点への単独潜航に成功
・2020年:リミティング・ファクター号、元宇宙飛行士のキャサリン・サリバン(女性)、女性探検家家のヴァネッサ・オブライアン他4名
・2020年:奮闘者号、中国人3名

1960年のトリエステ号による1万912mへの潜航は歴史に残る挑戦ではあったが、まともな観測成果は上げられなかった。最深点に到達後、異音がしたためすぐに浮上したという。当時、深海底は生物が棲めない死の世界と思われていたが、ピカールとウォルシュは「深海底で生物を見た」と証言した。だがその時撮影された写真が今もって公開されていないという謎もある。また水深1万mへの潜航も1回のみだった。

ヴィクター・ヴェスコーヴォが自ら開発し乗り込んだ、リミティング・ファクター号による5大洋最深部への挑戦のドキュメント映像(2021年に「アニマルプラネット」で放映)では、母船から海水面に降ろされたリミティング・ファクター号が波にあおられて母船に衝突したり、潜航開始後に水漏れが発生し慌てて浮上し修理するなど、「冒険」らしいシーンが多かった。

これら「挑戦的冒険」のための有人潜水船と、継続的な科学調査が可能な有人潜水調査船とは分けて考えなくてはいけない。それでも、2012年以降の深海最深点へのたて続けの到達成功が大きなトレンドとなってきたことは無視できない。

『なぞとき 深海1万メートル——暗黒の「超深海」で起こっていること』(蒲生俊敬、窪川かおる共著、講談社刊)では、深海潜水船の歴史と今を詳細に解説している。

そこで今回は、蒲生俊敬さんに有人潜水調査船のありようについて聞いた。

「しんかい6500」のはかりしれない成果

山根 私が「しんかい6500」で潜航したのは2007年なので15年前です。すでに当時、関係者たちの間では、深海最深点である深さ1万1000mまで潜航できる有人潜水調査船の構想が議論されていました。その完成予想図も見せてもらっていたんですが、実現しないまま世界に先んじられているのは無念です。

蒲生 私も同感です。当時は、1万1000mまで潜航できなくても、水深6500mまで潜航できれば世界の海の約97%の調査が可能であるため、サイエンスの求めと技術的な課題をすり合わせて「水深6500mまで」の設計になったのだと思います。実際、「しんかい6500」は我々の期待に十分応えてくれて、世界中の深海で、はかりしれない調査成果をあげてきたことは誰もが認めるところでしょう。

山根 2011年8月、「しんかい6500」は東北地方太平洋沖地震の震源海域、日本海溝に潜航、調査をしましたね。公開された映像には「さすが日本の深海技術!」と息をのむ思いでした。

【写真】東北地方太平洋沖地震震源海域に大きな亀裂東北地方太平洋沖地震震源海域に大きな亀裂を確認。「しんかい6500」が撮影した海底の亀裂の映像(映像キャプチャをつなぎ合わせて作成 写真:JAMSTEC)

蒲生 巨大地震によって生じたと思われる海底の亀裂を発見し、映像撮影に成功したのは、日本海溝の水深5350mです(北緯39度07分、東経143度53分)。それだけではなく、8月1日〜18日に三陸沖海域、日本海溝、千島海溝で10回もの調査潜航を行っていて、きわめて大きな科学的成果をあげていますね。

東北地方太平洋沖地震震源海域に大きな亀裂を確認

山根 あのような地震の震源上の海底調査ではどんなことを調べ、何がわかりますか?

蒲生 海底断層の特徴、生物叢の分布の変化など多くの調査課題がありますが、私の専門で言えば、「水」の化学的性質を調べるのもその一つです。巨大地震によって滑りが生じた断層面からは、海水と異なる水が絞り出されます。そこで例えば、その水に含まれる質量数が3と4の2種のヘリウム同位体比を調べることで、これがどこから絞り出された水なのかがわかります。実際、東北地方太平洋沖地震では、採取した水に含まれるヘリウム同位体比の分析により、マントルから水が絞り出されたことがわかっています。

山根 マントルから!? 先日も東北地方で大きな地震がありましたが、地震のメカニズム解明でも深海調査は必須だ。

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