そんな人のために、古市憲寿さんがその道の第一人者にさまざまな名著の読み解き方を聞いたのが、現代新書の新刊『10分で名著』です。今回は同書より、本のエッセンスを紹介した「はじめに」をお届けします。
世界中の本は読みきれない
印刷技術の発明以降、全世界で出版された書籍は1億5000万タイトルを超えるという。日本の国立国会図書館の蔵書数だけでも、実に4500万点以上だ。さらに毎年、数え切れない新刊本が発売される。日本だけで年に約7万タイトルだ。
人間の寿命が有限である以上、死ぬまでに世界中の本を読むことはできない。どんな速読をしても不可能だろう。一日に1冊というペースでは、1億5000万タイトルを読み切るには41万年かかる。一冊を1分で読み、まったく睡眠を取らなかったとしても、285年かかる。
どれほど読書家ぶっている人も、世界に存在する本の100分の1どころか1000分の1も読めないわけである。
人間は、すべての本を読むことはできない。
だが心配する必要はない。ほとんどの本は、まるで面白くなかったり、知っていることばかりだったり、おおよそ読む価値がないものだから。たとえば、今さら『超・入門Windows95』という本を読むべき人はまずいないだろう。
では、読むべき本とは何か。それは読者と時代によっても変わってくる。
脚本家になりたいならまずは『SAVE THE CATの法則』。旅に出にくい時代には『0メートルの旅』。荒廃した未来世界で生き残ってしまった人には『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』が役立つだろう。
絵本『げんきなマドレーヌ』を読んだ子どもは、常識から自由になれそうだ。家族に違和感を抱く人が『空中庭園』を読んだら、さらに家族に絶望するかも知れない。
では、万人が読むべき作品はないのか。それが「古典」や「名著」と呼ばれる作品群である。それは、世界中の読者や時代の厳しい選別の末に、生き残った書籍とも言える。
たとえば『源氏物語』の成立は約1000年前にさかのぼる。印刷技術もクラウドストレージもなかった時代、常に本は散逸の危険にあった。『日本後紀』などは、古代日本の正史だったはずなのに、全40巻のうち現存するのは10巻のみだ。

『源氏物語』が現存するのは、時代を超えた熱烈なファンがいたことの証拠である。『源氏物語』に限らない。火事や戦火に見舞われた時、命からがら本を持ち出したり、せっせと写本を作ったり、そうした人々の情熱があったから、「古典」は生き残ってきた。
一方で、時代としてはそれほど古くはないが「名著」と呼ばれる作品には、社会に強烈なインパクトを与えたものが多い。マルクスの『資本論』(1867年)や、ルソーの『社会契約論』(1762年)などは、時に作者の意図しないかたちで、時代を作り、世界のあり方を変えてしまった。
たとえその本を読んだことがなくても、エッセンスは社会に浸透し、我々の生活に影響を与えているのだ。