先日開催されたアメリカ最大規模の音楽フェスティバル「Coachella Valley Music and Arts Festival」(通称コーチェラ)は、メインステージで宇多田ヒカルが日本語で「First Love」「Automatic」を歌い、2NE1がサプライズ復活し、aespaがサプライズ出演するなど、日本の音楽ファン、K-POPファンを大いに賑わせるイベントとなった。これらを実現させた、アジア系アーティストに特化した音楽レーベル「88rising」の活躍にも注目が集まっている。

コーチェラのメインステージで歌う宇多田ヒカル〔PHOTO〕Getty Images

いま、アメリカでアジア系アーティストの立ち位置はどのように変化しているのか。K-POPを中心とした音楽シーンに詳しいDJ泡沫さんに、コーチェラにおけるアジア系アーティストの足跡を振り返りながら解説してもらった。

※以下、DJ泡沫さんによる寄稿。

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90〜00年代は「ロックバンド期」

コロラド砂漠のコーチェラ・ヴァレーで、4月15日-17日、22日-24日の6日間開催されたコーチェラ。新型コロナウィルスの影響により2年ぶりの開催となったが、今年はアジア系アーティストの参加が目立った。

コーチェラに出演したアジア系アーティストの歴史を見てみると、ファーストイヤーだった1999年にはコーネリアスやNYベースで活動していた音楽ユニットのチボ・マットといった日本人アーティストが出演していた。90年代半ばから末の世界的なオルタナ・インディーズブームもあり、「アジア系」という括りやアイデンティティがクローズアップされることはまだ少なかった時代の影響もあるだろう。

コーネリアスはアルバム「Sensuous」のアメリカリリースに合わせてツアーを行った2007年にも出演しており、2014年にはロンドンベースで活動しているロックバンドのBO NINGENが、2018年にはX−JAPANとおとぼけビーバーが出演。メインのコーチェラ・ステージには2013年に東京スカパラダイスオーケストラが出演しており、当時サプライズゲストとしてELLEGARDEN・the HIATUSなどで知られる細美武士が登場した。

アメリカベースでの活動をしていないアジアのアーティストが過去にコーチェラに呼ばれるケースとして多かったのが、アメリカでのアルバムリリースや欧米圏のツアーを行った後だろう。そのほとんどがロックバンドだ。それには、90年代から2000年前半まではアメリカで特にロックジャンルが人気で、アジア圏で最もロックが盛んと言っても過言ではない日本のアーティストに注目が集まりやすかったという背景があるのかもしれない。