ジャーナリストの島沢優子さんによる、2022年4月18日公開の記事「4月1日に新任教師が辞表を…新学期前に先生たちを疲弊させる「書類の山」~学校を蝕むデジタルギャップ」。これを読んだという男性Bさんから島沢さんに「38年間で減った仕事ゼロ、増えた仕事盛り沢山でした」というメッセージが届いた。1984年4月から大阪府内の中学教員として勤務したという。この春定年したばかりのBさんに島沢さんが聞いた、中学教員を疲弊させるものとは?小学校に続いて、中学校のリアルを伝える。

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仕事は減るより増えていた

島沢(以下、――) 当連載の前回記事では、若い先生たちが膨大な書類に押しつぶされる実態を書きました。Bさんがおっしゃる、勤続38年の中で増えた「6つの仕事」とはどんなものでしょうか?

Bさん ひとつめ、かかわらなくてはいけない学校課題が増えました。最も大きいのは、不登校といじめの二つです。最初のころに赴任した学校は規模が大きく、1クラス45人で11クラスありました。そのなかで不登校生徒は5人ほどでした。つまり、500人にひとりくらいなわけです。

――37年前と言えば1980年代の中盤、今現在50歳前後の人たちが中学生のころですね。その方たちの子どもたちは、すでに不登校問題の渦中にいます。平たく言うと、課題に対処する先生たちは、授業以外の仕事が増えていった

Bさん その通りです。私がいた中学校では、昨年度の卒業生109人中、10人ほどが不登校でした。学校に来られない子が3クラスに3人以上いたことになります。うち7人は卒業式にも来られませんでした。ただし、全員が全く来られないわけでなく、別室で授業を受ける子もいます。「教室は嫌だ、ひとりで勉強したい」と言う子もいます。この不登校に、いじめが内包されたりします。

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――保健室登校みたいな感じですね。そうなると、先生たちはその子の学習も見てあげるんですよね。

Bさん その場合、授業が空いている先生が別室学習の子を見ます。3クラスを教える前提で教員は配置されているのに、その人数で5クラスぶんの授業に行かなくてはなりません。そのうえ不登校生徒のケアは個別にしなくてはなりません。朝学校に来ていなくても、私が新任のころは連絡しなくてよかった。でも、今は必ず学校から連絡しなくてはいけません。家の電話が出なければ親の携帯にかけます。通じなければ、家に行くこともあります。