アジア初の女性宇宙飛行士となった向井千秋さん。医師として働いていた30歳を過ぎてから宇宙飛行士を目指し、挑戦を重ねたといいます。当時は男女雇用機会均等法が施行される前。年齢や性別を言い訳にせず、向井さんはどのように夢に向かって歩み続けたのか。雑誌「with」の連載をまとめた書籍「わたしたちが27歳だったころ」刊行に寄せて、同作に収録した向井千秋さんのインタビューを全文公開します。


向井千秋(むかいちあき) 1952年5月6日生まれ。群馬県出身。慶應義塾大学外科助手を経て、’85年に宇宙開発事業団(現JAXA)に入団。’94年、アジア初の女性宇宙飛行士として活躍したのち、国際宇宙大学客員教授や、JAXA宇宙医学研究センター長を歴任。東京理科大学特任副学長兼スペース・コロニーユニット長として後進の育成や宇宙開発の研究に励む。近年の研究は、著書『スペース・コロニー 宇宙で暮らす方法』(講談社ブルーバックス)にて詳しく解説されている。

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「好奇心と努力」が夢を引き寄せる原動力に

©︎JAXA/NASA

小学生の頃から、私の夢は医師になることでした。弟の足が悪かったこともあり、病気で困っている人の役に立ちたいと思っていて。必死に勉強して医学部に進み、20代は大学病院の心臓外科で研修医として働いていました。念願叶って医師になれたわけだから、毎日がすごくハッピー! だったけれど、やはりすべての患者さんの命を救えるわけではなく、自分の力不足を痛感することも多々ありました。

そんな時は、帰り道に月を見上げると、不思議と悩みが吹っ切れたんですよね。天体観測が好きな“宙ガール”だったわけではありません(笑)。壮大な自然界の象徴でもある月を眺めていると、世の中には人間の力が及ばない領域があることを確認できるというか。当時の私は、月に慰めてもらっていたのかもしれません。