これまで「遺伝子とはタンパク質を規定するDNA上の塩基配列」というドグマを揺るがすような発見や、遺伝子を定義することの難しさを、中屋敷 均 氏による一連の記事でご紹介してきました。
今回は、近年、ヒトの疾患との関連など、とくに高等真核生物における複雑な生命現象で重要な役割を担うことから注目を浴びているmiRNA(マイクロRNA)をとりあげます。
最終的な大きさがわずか20から25塩基長の小さなRNAが、どのように発見され、その機能が解明されていたったのかを見てみたいと思います。
きっかけは、成長ステージに異常を起こす変異体
前々回の記事「新知見が謎をますます深める!? 実は定義さえできていない『遺伝子』」でRNA遺伝子について触れた。今回は、そのRNA遺伝子の一部となっていく、わずか20塩基程度からなるmiRNA(マイクロRNA)の発見の経緯を紹介してみたい。
「mRNA(メッセンジャーRNA)の発見」に寄与した研究者の一人である、シドニー・ブレナーは「セントラルドグマ」が確立された後、遺伝子研究から離れて線虫を用いた発生の研究を始めた。ブレナーのラボのポスドクだったロバート・ホロビッツはアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)の卒業生だったが、1978年には出身校に戻り教授としてラボを持った。その際、多くの線虫の変異体も持ち帰ったが、その1つがlin-4と呼ばれる変異体だった。

lin-4変異体はヘテロクロニック変異と呼ばれる、細胞分化における時間軸に異常が生じたような興味深い表現型を示すものだった。
線虫はL1からL4と呼ばれる4段階の成長ステージを経て成虫になるが、各ステージでは特有の細胞分裂、すなわち細胞分化が起こる。しかし、ヘテロクロニック変異体は、たとえば、L1期で起こるはずの細胞分裂をスキップしてL2の分裂様式に移ってしまったり、L1の分裂様式を何度も繰り返すなどの異常を起こすことで特徴づけられていた。
このようなヘテロクロニック変異を示す突然変異体はlin-4以外にも複数見つかっていたが、その中でもlin-4とlin-14がシグナル経路の最上位にあり、他の因子を制御する重要な「遺伝子」と目されていた。