2022.05.13
# 本

「新聞記者」が「元新聞記者」の小説に、深く心を打たれたワケ

私は『朱色の化身』をこう読んだ
ベストセラー小説で、映画化もされて話題となった『罪の声』。その作者である塩田武士さんが、3月16日に『朱色の化身』を刊行した。主人公のライターの大路亨は、ガンを患う元新聞記者の父親から辻珠緒という女性に会えないかと依頼を受ける。「実在」する証言や取材によって物語が構成されている本作。実際に取材活動に関わる方々(記者・ライター・ディレクター)は、『朱色の化身』をどのように読んだのか? 第7回目はテレビ朝日記者の今野忍氏だ。

「取材」という記者の原点の力に引き込まれていく作品

「もう一回、もう一回な、アホになっておもいっきり取材したいんや」

主人公・大路のおやじの言葉だ。親子2代で新聞記者を経てフリーライター。大路は新聞記者からネット媒体に転職するもなじめず、結局フリーライターとして生きている。

そんな息子に父が与えたミッションが「辻珠緒」という女性について調べてくれ、という依頼だった。そこから47人の関係者への怒涛の取材が始まる。

いったい彼女は何者なのか? なぜ失踪したのか? 大路の取材を通して、少しずつ「事実」に近づいていく、そんな展開にぐいぐいと引き込まれる。

まさに「アホになっておもいっきり」のめりこんでいく主人公の取材に、自分も同僚記者として一緒に参加しているような、そんなリアルさがある。不思議な読書体験だった。

大路による「辻珠緒」取材の過程において、浮き彫りになるのは「実在」した事件、社会問題だ。昭和31年に起きた福井の大火、バブル期の銀行での女子行員への扱い、ゲーム依存症、現代社会の問題がこれでもかと凝縮されて事件の真相の周辺を彩る。

圧巻は、雪が横殴りで降る日本海の無人島での最後のシーンだ。朱色の橋と日本海の雪が異様なぐらいリアルに描写されている。著者へのインタビュー記事を読むと、その雪が降る無人島を自分の目で見るために、天気予報に日々あたり、15分間の滞在のために往復7時間かけて行き来したという。

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今日、現場がすべてのはずの新聞記者にも、新型コロナによって在宅勤務が普及、働き方改革、効率化のもと出張を伴う取材が激減している。自分が書く記事に細部のために取材を尽くしているだろうか。自分の胸に手を当てると、その胸が痛くなる。

圧倒的な読書体験の後に残ったのは、文章に命を吹き込むのは、どこまでも徹底した細部に至るまでの取材なんだ、という事実だった。取材を生業とする新聞記者が、取材という原点の力を見せつけられた。元新聞記者の著者だからこそ成し得た、渾身の作品と言えるのではないか。

 
『朱色の化身』(塩田 武士)
 
今野忍(こんの・しのぶ)
テレビ朝日記者。現在は首相官邸クラブに所属。朝日新聞政治部から出向中で、新聞記者時代から首相官邸や防衛省に加え、自民、公明、民主、維新などの与野党担当として、二度の政権交代を取材してきた

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