無数に存在する宇宙たちと、その謎に挑み続ける物理学者たち

最新宇宙論と素粒子論が示唆する宇宙

我々が住む宇宙以外に、無数の宇宙が存在している——。

SFではない。現代宇宙論と素粒子論が導き出した「マルチバース理論」という考え方だ。

宇宙は正体不明の「ダークマター」と「ダークエナジー」で満たされている。宇宙は加速的に膨張を続けている。我々が住む世界は四次元ではなく十次元だ。真空は「適度に小さなエネルギー」を持つ。にわかには理解することが難しいかもしれない。しかし、これらの問題を一つ一つ丁寧に紐解いていくと「マルチバース理論」に到達するのだ。

物理学者たちと宇宙との格闘の歴史と最新の宇宙論・素粒子論について解説された『なぜ宇宙は存在するのか——はじめての現代宇宙論』(講談社)。その著者である野村泰紀氏(カリフォルニア大学バークレー校教授)に話を聞いた。

※今回のインタビュー、本記事末尾で動画へご案内しています

「理論屋」のお仕事

——我々一般の人にとって、「物理学者」の具体的な仕事内容は謎のベールに包まれています。物理学の研究者の方々は、どのようなことをしているのでしょうか。

野村泰紀氏(以下、野村):僕がやっている素粒子論や宇宙論の分野では、実験をする「実験屋」と理論を考える「理論屋」は、別の仕事をしています。

僕は理論屋ですが、主な仕事は、ディスカッションをしたり、新しい論文を読んだり、学会に行って最新の研究発表を聞いたりすること。実験屋は、どのような実験をするかにもよりますが、それらに加えて計測機器を作る、機器を作るための予算をとる、実際に実験をする人を雇う、などの仕事もします。

若い実験屋は、僕ら理論屋よりも先に新しい発見を目の当たりにすることができるので、ものすごい知的興奮があると思います。ただし、大きな実験のメンバーとして働くので、自由度は理論屋よりも少ないかもしれません。

実験屋の仕事場としては、日本では岐阜県神岡鉱山跡に作られた「カミオカンデ」が有名です。小柴昌俊氏がニュートリノの発見でノーベル物理学賞を受賞したことで、一躍脚光を浴びました。現在はその後継のスーパーカミオカンデが動いていますが、そこで働く人たちは、ヘルメットをかぶって、エレベーターに乗って地下1,000メートルのところまで行って、巨大な計測装置を操作する。僕たち理論屋からすると非日常的な生活をしています。

実験屋と理論屋は、同じ物理屋でもやってることも必要とされる能力も違う。実験屋は、組織の中で働くので、ある程度人とのコミュニケーション能力、統率力が必要です。あとは、予算をとってくる能力。実験にはものすごいお金がかかりますから。それに比べると、理論屋は物理しかできないような変人も結構います(笑)。

【写真】野村 泰紀

野村 泰紀(のむら・やすのり)氏

カリフォルニア大学バークレー校教授。バークレー理論物理学センター長。理学博士。

米国フェルミ国立加速器研究所、カリフォルニア大学バークレー校助教授、同准教授などを経て現職。ローレンス・バークレー国立研究所上席研究員、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構連携研究員も務める。

謎の物質やエネルギー、いったいどこからが「謎」?

——本書では、宇宙に存在する謎の物質「ダークマター」や謎のエネルギー「ダークエネルギー」が紹介されています。「ダークマター」「ダークエネルギー」は、どこまで詳細がわかっていて、どこからが「謎」なのでしょうか。

野村:ダークマターは「光では見えない物質」です。「存在する」ということはわかっています。現在の宇宙を構成するエネルギーの中で、僕たちが観測できる電子や陽子などによるエネルギーが占める割合は5%程度。それに対して、ダークマターが持つエネルギーは宇宙の構成エネルギーの約25%を占めることが観測結果からわかっています。ただ、それ以外はわかっていません。

現代宇宙論では、「宇宙は加速的に膨張している」と考えられています。その加速膨張を引き起こしているのが、ダークエネルギーです。ダークエネルギーも、宇宙の構成エネルギーの約70%を占めていることはわかっている。ダークエネルギーの正体の最有力候補は、真空のエネルギーです。

【イラスト】NASAによるダークエネルギーと宇宙の変化ダークエネルギーによって変化する宇宙を描いた想像図 illustration by NASA

真空のエネルギーというと、不思議な印象を受けるかもしれません。真空にもエネルギーは存在します。「空間自体が持つエネルギー」というイメージ。最有力候補が固まっている、という点では、ダークエネルギーはその存在自体はあまり謎ではないのかもしれませんね。

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