認知症大国・日本が向かうべき、「認知症フレンドリー社会」のリアル

【対談】南杏子×笠貫浩史
現代ビジネス編集部

笠貫:医学の研究は科学的な手続き、倫理的な手続き双方を経て行われなければならないというのは大前提ですね。そういった事態への警鐘も、この作品には含まれていると感じました。

:そこを誤解されて、「臓器提供は良からぬこと」というように読者に受け取られてしまっては本末転倒だと心配していましたが、警鐘とおっしゃっていただけて安心しました。

 

ケアラーだった学生時代

『アルツ村』執筆のもう一つのきっかけは、私自身が18歳の時から認知症の祖父の介護をしていたことです。脳血管性認知症だった祖父を祖母が一人で介護していて、大学進学のために親元を離れて上京した私が同居して手伝うことになり、祖父が亡くなる大学3年生まで介護したのですが、ものすごく大変だったんですね。

今はコロナであまり外出できない日々が続いていますが、私の大学生活はちょうどそんな感じでした。「おばあちゃんの手伝いをしなきゃならないから出かけてる場合じゃない」と。夜中も何度も呼ばれますし。「おーい、おーい」という呼び声は、今でも耳に残っています。

そういう大変さを、当時誰にも話すことができませんでした。「家のことは家のこと、人に話すことではないし、話してもわかってもらえるとは思えない」と。本作に登場するヤングケアラーには、当時の自分の体験も投影されています。

ケアラーだった過去を語る南杏子さん ©講談社

笠貫:南先生ご自身がかつてケアラーだったのですね。認知症介護をめぐる人手不足の話題は、現場でもよく耳にする課題です。2025年に団塊の世代全員が後期高齢者になりますし、認知症の人の数はしばらくの期間年々増えていくことは間違いありません。日本社会のデモグラフィーを考えると、数的な意味での解決は俄かには難しい。テクノロジーや国外の人的資源を取り入れて打開点を見出す対策が現実的かなと感じます。

日本社会が認知症とどう向き合ってきたかという歴史を振り返ると、かつて「姥捨山」的な社会からの切り離しがあった一方で、老いて認知症を有することをおおらかに社会が受容する向きもあったようです。

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