ゼレンスキーへの危うい「熱狂」と、リベラル言論人の衰退を問う【田中康夫×浅田彰】

「憂国呆談」第1回【Part1】
田中康夫×浅田 彰 プロフィール

14年にはユーロマイダン革命と呼ばれる民主化運動で親ロのヴィクトル・ヤヌコーヴィチ大統領が逃亡した後のウクライナに侵攻し、ニキータ・フルシチョフ時代のソ連がクリミアをウクライナに委譲したのは違法だとしてこれを占領、東部のドネツク州・ルハンシク州でも親ロ勢力に与(くみ)して戦争を始めた。翌年にかけて東部の自治拡大を含むミンスク合意によって一応休戦状態になるものの、19年に大統領になったゼレンスキーは前任者ペトロ・ポロシェンコの署名したミンスク合意を事実上無視、今年2月24日のロシア侵攻に至る。

イーロン・マスクの鮮やかなやりとり

浅田 しかし、前回は目標を限定し放送局なんかを占拠してメディアをブラック・アウト状態に置いたあと2~3週間で電撃的に勝利したのに対し、それ以後アメリカとNATOによる武器供与や訓練で準備を整えてたウクライナ軍が善戦して、ロシア軍は思わぬ苦戦。

「ゼレンスキーが逃亡した」って偽情報を流した直後、ゼレンスキー本人がキーウ(キエフ)のランドマークの前で「私はここにとどまる」とスマート・フォンのカメラに語りかけるとか、全国の市民がロシア軍の動きを撮影し、それを参考にウクライナ軍が反撃するとか、大量虐殺の惨状を見せられて世界の世論が沸騰するとか、情報戦でもウクライナがロシアを圧倒。

副首相・兼・IT担当相のミハイル・フェドロフがツイッターに「イーロン・マスクへ。あなたが火星を植民地にしようとしている間に、ロシアが我が国を占領しようとしている! あなたのロケットが着陸に成功している間に、ロシアのロケットがウクライナの市民を攻撃している!スターリンク(衛星インターネット接続サーヴィス)の提供を乞う」と書き込むと、10時間半後にはマスクが「スターリンクがウクライナで使用可能になった。送受信用端末も輸送中」と応じ、2日後には端末も届いた。マスクは「プーチンへ。オレとさしで勝負しよう」と書き込むとか、ホントにどうしようもなく幼稚な人間だけど、このやりとりは鮮やかだった。

Photo by Shinya NishizakiPhoto by Shinya Nishizaki

ゼレンスキーを英雄に祭り上げてはいけない

浅田 ゼレンスキーは元コメディアンで吉本興業みたいな企業を起こした人。教師がたまたま大統領になっちゃうTVドラマ「国民のしもべ」の主役で人気を博し、19年にホントに大統領になっちゃった。

就任後、支持率は2割程度まで低迷してたんだけど、ロシアの侵攻以来、「命がけで国を守る英雄」として一世一代の名演技を続け、ネットで直接発信するほか、国連や日本を含む20カ国以上の議会でリモート演説。

米国議会では日本の真珠湾攻撃に言及する一方、日本では核と国連改革をテーマにするとか(ちなみに、国連安保理での演説では「ロシアを止められないなら安保理は解散せよ」と迫り、市民の死体が散乱するキーウ近郊ブチャの映像を見せた)、あざとい手口で多くの視聴者の心をつかんだ。

 

この過程全体がドラマみたいで、主演のゼレンスキーは最後に死んでも本望かもしれない。ただ、たまたまロシア軍が予想外の混乱状態だったからいいようなものの、18歳から60歳までの男性の出国を禁止し「武器を取って戦え」って言うのは、戦争末期の日本の「1億玉砕」路線に近いし、外国からの義勇兵を募ったことも含め、正規軍以外が戦争に加わるのは法的にも問題が多い。

もちろん、ロシア側も、正規軍以外に、情報機関の特殊部隊やチェチェンで暴虐の限りを尽くしてきたラムザン・カディロフの私兵カディロフツィ、あるいはアドルフ・ヒトラーの崇拝した作曲家の名にちなむ民間軍事会社ワグナー(ワグネル)・グループなんかが、民間人の大量虐殺を続けているわけで、繰り返せばプーチンに対してはゼレンスキーを支持すべきだけど、彼を英雄に祭り上げるのは危険だし、「日本もゼレンスキーとウクライナを見習って自ら国を守る気概を持とう」とかいうトンデモ愛国主義には用心しないとね。

関連記事