3年ぶりのアルバム『BADモード』が好調の宇多田ヒカル。
1998年のデビュー以来、約25年間も日本の音楽シーンの頂点に君臨し続けるトップアーティストの彼女が、セクシュアル・マイノリティのひとつ「ノンバイナリー」を公表していることは、あまり知られていないように思います。
それは、彼女がこれまで自身のセクシュアリティについて語った機会が少なく、かつノンバイナリーがまだ一般的に馴染みのない新しい概念であるためではないでしょうか。

YouTube Hikaru Utada 宇多田ヒカル『BADモード』 

昨年2021年のカミングアウト以降、自身のセクシュアリティについてほとんど語られていなかった中、今年Apple Musicで配信された英語でのインタビューで、ノンバイナリーについて彼女の心の内が初めて明らかになりました。

宇多田ヒカルはどんな想いでカミングアウトに至ったのか。
それを我々はどう受け止めるべきなのか。
Hikkiのデビューからのファンでありゲイである僕なりに考えてみようと思います。

ノンバイナリーを象徴するフラッグ Photo by iStock
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あまりにさり気ないカミングアウトだった

始まりは約1年前の2021年6月26日、Instagramで生配信された「ヒカルパイセンに聞け!」でのこと。

この日の生配信は、彼女がテーマソング『One Last Kiss』を提供した映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の庵野秀明監督がゲストとして登場すると予告されていました。
シン・エヴァといえば、2021年の興行収入1位の大ヒット作で、まだ映画館での上映が行われていたタイミングだったこともあり、彼女のファンだけでなく、エヴァンゲリオンの長年のファンからも大変な注目が集まっていたはず。

そんな配信での冒頭、彼女は、6月がPride Month(セクシュアル・マイノリティへの支持を示す様々なイベントが世界中で行われる月間)であることに触れつつ、こんなふうに打ち明けたのです。

“私は、この数年で知って「あ、それなんだ!」って思ったけど、日本でどれくらい広まってる言葉かわからないけど、『ノンバイナリー』っていうあれ(セクシュアリティ)に該当するなっていうのを最近知った

注意深く耳を傾けていないと聞き逃してしまうくらい、それはあまりにさり気ないカミングアウトでした。
常日頃セクシュアル・マイノリティについて特に意識していない視聴者の中には、Hikkiが何について話しているのかさえわからなかった人もいたかもしれません。

彼女が自らのセクシュアリティについて語ったのは僅かにその一言だけで、以降はインタビューなどにおいても長らく話題に触れられてきませんでした。
ところが、2022年2月、ニューアルバム『BADモード』のリリース後、Apple Musicのラジオステーションのひとつ「Apple Music 1」の看板番組『The Zane Lowe Show』にゲスト出演した際、改めて彼女の口からノンバイナリーについて英語で語られました。

YouTube Hikaru Utada: ‘BAD MODE,’ Forging Their Musical Path and Finding Non-Binary Pronouns | Apple Music 
【2:27〜】When I came across the term “non-binary” for the first time, which was, I guess, a few years ago, it wasn't a question of “Am I, or am I not?”
It was like “Whoa! What was this word! My whole life! Hello! We finally meet!”
It was like a great gift. The knowledge of just knowing that, it was very soulful, It was such a validating moment. I didn’t even realize how much I had needed the term.
You think, "Oh, it's just a word." Or, "You can be what you want and not have a word attached to it."
But it's not the case when you don't .
...
When you feel strange your whole life.
I knew it would be very misunderstood in Japan because there are the discussion around things like that it's just not really quite there.


【筆者による日本語訳】:
初めて「ノンバイナリー」という言葉に出合ったのは、たしか数年前で、「これは私に当てはまる? それとも違う?」といった疑問は持たなかったんです。
「わあ! この言葉は一体なに? 私の生涯そのもの! こんにちは! やっと会えたね!」そんな感じでした(笑)
まるで素晴らしい贈り物のような。その言葉を知ったという事実、それはもう感動的で、合点がいく瞬間でした。自分がどれだけその言葉を必要としていたのかさえ、わかっていなかったんです。
ある人は「そんなの、ただの言葉じゃん」と思うかもしれないし、「なりたいようになればいいだけで、わざわざ言葉を当てはめなくてもいいのに」と思う人もいるかもしれない。
でも、あなたが自分の生涯に疑問を持ったことがないのなら、それはお門違い。
日本では誤解されるだろうなってわかっていました。そういうことについての議論があまり行われていないから。
【3:43〜】The whole idea that gender identity is a thing, the concept of that, I don't see it really being discussed in Japan. I just felt it was a bit of a sense of responsibility. 
And people are scared of losing the support and love of their families or losing their jobs and things like that. And I don't have to worry about those things. I'm just a public image basically. So I thought I should. And then afterwards it felt really good.


【筆者による日本語訳】:
性自認は本当に存在するということや、その概念がどういうものであるかについて、日本で本格的に議論されていると私には思えません。それで、ちょっとした責任を感じたんです。
(セクシュアル・マイノリティの)人々は、(自分がセクシュアル・マイノリティであることで)家族のサポートや愛情を失ったり、仕事などを失うことを恐れています。でも私だったら、何かを失うような心配はありません。私は基本的に、ただのパブリック・イメージに過ぎないから。
だから、私はカミングアウトすべきだと思った。結果的に、カミングアウトをするのって、すごく気分が良かった。

このインタビューは、日本語字幕の無い英語版しか配信されておらず、彼女のカミングアウトに至った経緯やセクシュアリティに対する価値観が垣間見える、大変貴重な資料と言えます。