ウィル・スミスの「平手打ち事件」で、日本人が見落としている「重要な論点」

ハリウッドが受けた「思わぬ痛手」

まだまだ余波が大きい平手打ち事件

今年のアカデミー賞授賞式の話題を独占したウィル・スミスの平手打ち事件は、2022年4月1日、彼自身が賞を主催する映画芸術科学アカデミー(以下アカデミー)からの脱退を発表し、その申し出をアカデミー側も受理したことで、どうやら一段落ついたようだ。もっとも、アカデミー自身は引き続き今回の事件の調査を続けるようで、その結果は、後日――4月18日と伝えられている――公表されるらしい。

ウィル・スミスがクリス・ロックを殴った瞬間[Photo by gettyimages]
 

ようだ、とか、らしい、とか煮え切らない書き方をしているのは、今回の事件は伝えられ方が流動的で、しかもその評価に波があるからだ。所詮はハリウッドセレブのゴシップネタだから、と言われればそれまでなのだが、どうもすでにスミスの処分という話題を越えてしまっている。

注目を集めているといっても決してミームとして遊ばれているわけではなく、様々な人たちがそれぞれの立場から自身の見解を表明し続けている。裏返せば、誰もが何かしら物申したくなるような事件なのだ。話の裾野が広がる一方で、議論の抽象度も上がりつつある。

暴力やジョークの扱い、コメディアンの位置づけ、といった誰もが連想する単純な論点から、今回の事件の発端であった「言葉の(暴)力」の話、あるいは、黒人社会という場や歴史のコンテキストへの配慮の必要性の有無/程度、といったところまで様々だ。そこから伺えるのは、今回の事件が、単なる個人間の問題であるだけでなく、現代のアメリカ社会の兆候だったということなのだろう。

そんな中で最もわかりやすい発言は、とにかく暴力はダメだ!というものや、スミスの行動を「毒性のある男性性(toxic masculinity)」の典型として論じる類いのもので、多くは学者や活動家、ジャーナリスト(特に報道各紙・各サイトのオピニオン欄担当者)から発信されたものだった。

すでに確立された社会規範や学説に則っている分、このような批判は事件直後から流れてきた。アカデミーがスミスの精査を行い始めたのも、これらの批判記事の中で、主催者であるアカデミーの対応を非難するものが散見されたからと見てよいだろう。

事件直後、平手打ちをしたスミスを放置し続けたこと。それだけでなく、事件の数十分後にはスミスに主演男優賞を授与したこと、彼の受賞スピーチを来場者の多くがスタンディングオベーションで称えたこと。そうした一連のアカデミー――この場合はアカデミー会員である来場者たちも含む――の行動に疑問が呈されていた。

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