ロシアのウクライナ侵攻には、多くの人が衝撃を受けた。なぜ、この21世紀に侵略戦争をする必要があるのか。戦争は止められなかったのか。その後も現地から届くニュースによって、わたしたちは戦争の悲惨さを目の当たりにしている。
1932年、ナチスの台頭するドイツで書かれ、その後は戦禍の中に埋もれた、世界的な物理学者アインシュタインと、精神分析の大家フロイトとの幻の往復書簡がある。
「戦争を避けるにはどうすればよいか」を考え続けていたアインシュタインは、政治のみで戦争の問題を解決することは難しいと感じ、「人間の衝動に関する深い知識」をもつフロイトに、この問題について手紙で尋ねることにした。そのやりとりが、この幻の往復書簡である。
この二人の手紙をまとめた『ひとはなぜ戦争をするのか』(浅見省吾訳、養老孟司、斎藤環解説、講談社学術文庫)より、アインシュタインがフロイトに向けて書いた手紙(本書前半部分)を全文公開する特別記事。今回は、前編「ウクライナ侵攻の今こそ読むべき、「アインシュタインからの手紙」」に続いて、後編をお届けしたい。
人間の心には、平和への努力に抗う力が働いている
さて、数世紀ものあいだ、国際平和を実現するために、数多くの人が真剣な努力を傾けてきました。しかし、その真撃な努力にもかかわらず、いまだに平和が訪れていません。とすれば、こう考えざるを得ません。
人間の心自体に問題があるのだ。人間の心のなかに、平和への努力に抗う種々の力が働いているのだ。
そうした悪しき力のなかには、誰もが知っているものもあります。
第一に、権力欲。いつの時代でも、国家の指導的な地位にいる者たちは、自分たちの権限が制限されることに強く反対します。
それだけではありません。この権力欲を後押しするグループがいるのです。金銭的な利益を追求し、その活動を押し進めるために、権力にすり寄るグループです。戦争の折に武器を売り、大きな利益を得ようとする人たちが、その典型的な例でしょう。
彼らは、戦争を自分たちに都合のよいチャンスとしか見ません。個人的な利益を増大させ、自分の力を増大させる絶好機としか見ないのです。社会的な配慮に欠け、どんなものを前にしても平然と自分の利益を追求しようとします。数は多くありませんが、強固な意志をもった人たちです。

このようなことがわかっても、それだけで戦争の問題を解き明かせるわけではありません。問題の糸口をつかんだにすぎず、新たな問題が浮かび上がってきます。
なぜ少数の人たちがおびただしい数の国民を動かし、彼らを自分たちの欲望の道具にすることができるのか? 戦争が起きれば一般の国民は苦しむだけなのに、なぜ彼らは少数の人間の欲望に手を貸すような真似をするのか?
(私は職業軍人たちも「一般の国民」の中に数え入れたいと思っています。軍人たちは国民の大切きわまりないものを守るために必死に戦っているのです。考えてみれば、攻撃が大切なものを守る最善の手段になることもあり得るのです)
即座に思い浮かぶ答えはこうでしょう。少数の権力者たちが学校やマスコミ、そして宗教的な組織すら手中に収め、その力を駆使することで大多数の国民の心を思うがままに操っている!
しかし、こう答えたところで、すべてが明らかになるわけではありません。すぐに新たな問題が突きつけられます。