29歳困窮女性の代理母出産を描いて見えた「日本の貧困、本当の実態」

卵子の劣化、結婚・出産したら一人前…

29歳、女性、独身、地方出身、非正規労働者――。北海道での介護職を経て、東京で病院事務として働くリキ。彼女は困窮から脱すべく、同僚から勧められた生殖医療専門クリニックに行くと、国内では未認可の「代理母出産」を持ち掛けられることに。その末路とは……?

日本社会において女性たちにのしかかる結婚・出産のプレッシャー、数百円の差から見えてくる貧困の実態、根深いファミリー幻想や自己責任論……私たちは一体どうすればいいのか? 衝撃の新作『燕は戻ってこない』が大きな話題になっている桐野夏生さんに聞いた。

(聞き手:武田砂鉄、撮影:三浦咲恵)

 

「結婚・出産したら一人前」という圧力

――『燕は戻ってこない』、刊行前に読んでいたのですが、今回のインタビューのために改めて読み直すと、初読では気に留めていなかった「ウクライナ」という文字が飛び込んできました。

桐野 はい、代理母のくだりで出てきますね。代理出産はロシアやウクライナで盛んに行われている、と。

――自分の遺伝子を持つ子どもを熱望する43歳男性・基のセリフとして、「代理母も、一番人気はウクライナだからね。先進国では規制が厳しい」とあります。ウクライナの女性たちは、代理出産の受け皿になってきたのですね。

桐野 書いている時にはただ事実として書いただけで、特段、意識はしていませんでした。当初、インドも入れていたのですが、インドでは代理出産が禁止になり、ロシアとウクライナを残す形にしました。女性の貧困化と少子化を考える中で、生命倫理や生殖医療が小説のテーマとして立ち上がってきました。女性に対して「産め産め」と言われるようになり、自民党が推し進める「伝統的家族観」も根強い。そういうものが一緒になって、女性に子どもを産むことを奨励する雰囲気が強まっていると感じます。

――技術が発達し、卵子凍結や代理母などの選択肢が増えれば増えるほど……

桐野 悩みも深くなるわけです。生殖は、国力と関係しています。今、日本は国力が弱い。少子化も深刻です。そこで「伝統的家族観」が持ち出されると、圧がかかるのは女性です。

――かつて、安倍政権下で、当時の安倍晋三首相が「国難」を二つ挙げました。それが「少子高齢化」と「緊迫する北朝鮮情勢」です。でも、人間は、国難を救うために子どもを産むわけではありません。

桐野 そうです。さすがに今は「国難」とは言わなくなりましたが、その代わりに「卵子の劣化」や「結婚して出産したら一人前」という言われ方が根強く残っています。ニュースサイトのトピックスとして、芸能人の妊娠・出産が大きく取り上げられ、焦る人も出てきています。「女性は子どもを産まないと一人前ではない」という幻想を抱かせられています。

――生殖医療の発達が、「なのに、なぜ、あなたは産もうとしないのか」という声を生むわけですね。

桐野 「結婚していなくても、卵子を凍結しておけばいつか出産できるかもしれませんよ。いくらでも方策がありますよ」という空気も強まっています。方策があることは悪いことではありませんが、「最終的に子どもを産めばいい」という方向でいいのでしょうか。

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