「優勝なんか目指しません!」――監督就任会見での周囲の度肝を抜く発言で、世間の注目を一身に集めた新庄剛志さん。キャンプ初日にド派手なバイクで登場したり、武井壮氏や室伏広治氏ら一流アスリートを臨時コーチに招いたり、開幕戦から小刻み継投策を見せるなど、斬新なアイデアで私たちを驚かせ続けている。3月29日火曜日はいよいよ札幌ドームでの試合だ。

そういった一連の言動は一見破天荒で、「思いつきだけで動いている」かに見える。しかし、2月に刊行された監督就任後初となる著書『スリルライフ』を読むと、彼のすべての行動が考えて、考えて、考え抜いたうえで計画・実行されたものだとわかる。

そんな新庄さんの「考え抜く力」「世間をあっと言わせるパフォーマンス力」はどうやって育まれていったのか。慶應義塾大学医学部小児科教授で、ベストセラー『小児科医のぼくが伝えたい 最高の子育て』の著者である高橋孝雄先生に、「子育て」という視点から本書を読み解いていただいた。

『小児科医のぼくが伝えたい 最高の子育て』が10万部を超えるベストセラーとなった高橋孝雄医師

新庄剛志には「失敗を積み重ねた強さ」がある

まず気になったのが、数ある子ども時代のエピソードにお母さんの話がまったく出てこないことです。これは小児科医として多くの患者さんを診てきた長年の経験からも、きわめて稀なケースですね。

母親の影が見えないということは、もしかしたら新庄さんは「勝手に育った」可能性がある。父親との関係性は深いようですが、それも特殊と言えば特殊。世の親御さんたちが「新庄剛志の育て方」をそのままお手本にするのは難しいでしょうね。

ただ、新庄さん自身の幼少時代や最近のBIG BOSSとしての言動に、子どもが幸せに生きるヒントがたくさん隠れている。小児科医として、そう感じます。

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そもそも子どもって、勝手に育つものなんです。私はよく親御さんたちに「子育てではなく、子育ちですよ」と話します。「子育て」という言葉には、「育て方によって子どもは変わる」みたいなイメージがあります。そのせいか、「子育ては大変だ」と必要以上に自分にプレッシャーをかけている親御さんたちの何と多いことか。愛情をもって見守ってさえいれば、あとは放っておく勇気を持つことが大事だと思いますね。

それと『スリルライフ』という本のタイトルとは裏腹に、「新庄さんの人生はまったくスリルがないなあ」と感じました。はたから見ると、こちらがヒヤヒヤしながらもワクワクさせられる、そのくらいスリリングな人生です。タイガースのスター選手の座を捨てて、メジャーリーグのメッツに入団する。34歳の若さで突然の引退宣言をし、ファイターズで日本一を勝ち取った次の瞬間にバリ島に“隠遁”する。48歳でトライアウトに挑戦して落ちたかと思ったら、一転して監督のオファーが来る。……まさにジェットコースターです。

ただ本人は、リスクを冒しているようでいて、冒していない。非常に準備周到に、失敗しないように綿密に計画を練って、周囲の反応まで計算して、最後にこれならうまくいくと度胸を決めて行動しています。それだけのことをやってのけられるのは、失敗と努力を積み重ねてきた強さがあるからでしょう。そこはすごい。新庄さん自身、本のなかでもこう書いていますよね。

僕がいつも昔から大事にしているのは、勘と経験と度胸(『スリルライフ』より)

これら3つの要素のなかでも一番のポイントは「経験」です。本に書かれているのはほぼ成功体験ですが、現実にはたくさん失敗しているはずです。とくに「難読症で長い文章を理解するのに時間がかかった」というあたり、ご両親は大変心配されたでしょう。父親が「お前はプロ野球選手になれ。苦手な勉強なんかせんでいい」と言ったのも、おそらく突出して高い運動能力こそが息子の最終兵器だと判断したからだと思います。

私はいつも「子どもには実体験で失敗させなさい」と言っています。新庄さんの「子育ち」にはそれがある。どういう環境で育ったか、細かいことはわかりませんが、逆境のなかで何度も失敗しては挫けずに立ち上がる、その繰り返しが新庄さんの成長を支えてきたことはたしかでしょうね。