このコロナ禍、SNS時代を生きる中で、言い知れぬ不安や孤独感から生きることに息苦しさを覚えたという人もいるのではないでしょうか? 感染対策から人との密な接触を避けるなかで、「本当の友達ってなんだろう」「私が一番大切にしたいことは?」と今までの生き方や働き方、身近な人との関係性などについて向き合うようになった人も多いはず。

『居るのはつらいよ―ケアとセラピーについての覚書』で第19回大佛次郎論壇賞、紀伊國屋じんぶん大賞2020を受賞した臨床心理士の東畑開人さんが、3年もの年月をかけて書いたという『なんでも見つかる夜に、心だけが見つからない』(新潮社/3月16日発売)では、そんな日々私たちの生活の中で直面する「悩み」に対しての向き合い方を教えてくれています。

今回は、本書まえがき部分から一部を抜粋・編集したものをお届け。他者の悩みから浮かび上がる、現代社会の姿とはーー。

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「まるで大海原に小舟が漂っているみたい」

カウンセリングが終わって、クライエントを見送ると、タバコを吸う。次の面接まで10分しかないので、そそくさと事務室に戻って、ベランダに出る。加熱式タバコのスイッチをオンにして、匂いの少ない機械的な水蒸気を吸い込む。そして吐き出す。一服。前の面接から次の面接へと切り替えるための儀式だ。いや、悪習慣かもしれないが。

ベランダからは、東京の街が見渡せる。すぐ目の前には小さなアパートとマンションが並んでいて、左手にはお寺と墓地が、右手にはジムの入った雑居ビルが見える。そして、それらの向こう、遠くの方には超高層ビルが何棟も建っていて、夜になるとチカチカ光る。
当たり前のことだけど、どの建物にもたくさんの窓がある。そのほとんどは中が見えない。ブラインドやカーテンは閉じられているし、そもそも遠いビルの窓は米粒よりも小さいから識別不能。

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ときどきその窓たちが開くこともある。ベランダに人が出てくる。彼らはパジャマだったり、部屋着だったり、あるいは上半身裸だったりする。そして、洗濯物を干したり、植物に水をあげたり、僕と同じようにタバコを吸ったりしはじめる。

ふと目が合う。気まずい瞬間だ。視線をそらす。向こうも同じ。だから、僕らはものすごく近くにいるけど、永遠に他人のまま。

そういうときに、これまたものすごく当たり前のことを思う。
数えきれないほどの窓の向こうに、数えきれないほどの小さな部屋があることを。
そして、そこでは数えきれないほどの人が暮らしていて、働いたり、愛したりしていることを。
そうやって、それぞれがまったく異なる人生を営んでいることを。

そう思うと、東京の街がいつもと違った風に見えてくる。
青い空の下に、無数の小部屋がプカプカと浮かんでいるように見える。僕自身がいるのも、そういう小部屋のひとつ。
まるで大海原に小舟が漂っているみたいだ。みんながてんでバラバラな航海をしているように見えてくる。

いや、東京だけじゃない。昔いた那覇も、京都も同じだ。住んだことはないけれど、福岡も、八戸も、ボストンも、ソウルも同じだと思う。

僕らは今、無数の小舟がふわふわと浮遊している世界で生きている。
それぞれの小舟は、ときにくっついたり、ときに離れたりするけれど、本質的にはポツンと放り出されている。
これがこの本の原風景。