2022.03.30

分子の手紙とシャボン玉の封筒

30年後のナノワールド物語(第3話)
藤崎 慎吾 プロフィール

心のつぶやきを聞く

植物も人になつくことがある。そんなことがわかると、ますますのめりこんじゃいましてね。最初は匂いを読み取るだけの指だったんですが、もう少し高機能なやつにアップグレードしてしまいました。

いや、簡単なんですよ。金属やシリコンほど長持ちはしないんで、分子ロボットは定期的に補充しなけりゃなりません。その時に新しいのを入れればいいだけです。以前は注射が使われましたが、最近は飲むだけで大丈夫になりました。こういうお茶の中に混ぜて飲めば、勝手に体内を移動して指先にたどり着いてくれます。

それで高機能なやつが何をするかというと、エクソソームを受け取るんです。ただ、これにはワンステップあって、植物のほうにも分子ロボットを注入しなきゃなりません。どんな植物でも体外にエクソソームを出すわけじゃないからです。

この庭だと、今はあのモミジとガマズミの木に入れてあります。すると、それぞれの木の中で行き来しているエクソソームの一部を、分子ロボットがつかまえて空気中に放ってくれます。脂質二重膜の袋っていうのは、基本的には水がないと潰れたり壊れたりしてしまいますから、ヒドロゲルという物質に包んで放つんです。それを私の緑の指が捕らえて、中のマイクロRNAを読み取るというわけです。

【写真】植物の心を聞くphoto by gettyimages

これで何がわかるかというと、植物の心のつぶやきですかね。匂いは外に発している言葉ですけど、エクソソームはもともと体外に出すつもりがなかったわけですから、ひとり言みたいなものです。それを私が盗み聞きするようなことになります。ますます怪しげに思われるでしょうが、これも本来は農家のために開発された技術です。匂いより、もっと微妙な反応を知るためにね。

例えば肥料の配合なんかを変えてみたいと思った時に、匂いだけでは大雑把で何がいいかわからない場合があります。かといって育つまで待って比較するのも、時間がかかるじゃないですか。そんな時に「ひとり言」を聞くと、ああ、どちらかと言えば、こっちが好きなんだなとわかったりします。たいていは、その肥料が適しています。

ハウスなんかでも、そうですね。人間から見たら隣り合っていて同じような環境に思えるかもしれませんが、植物によっては右側のハウスより左側のほうが居心地がいい、なんてことはよくあるそうです。それも匂いじゃなかなかわからない。だからエクソソームを読み取るんです。これも農業に限らず、一般の住環境やオフィス環境の改善などに応用されていくでしょう。

一方で園芸家の楽しみとしては、例えば今日は天気がいいから、ちょっとカエデも浮き浮きしているとか、逆に雨が続いて滅入っているとか、そんなことがわかったりします。あるいは下生えの草が枯れてしまった時には、寂しそうにしているとか、私や女房があまり相手にしていないと、イライラしているとか……まあ、そういうふうに解釈できるようなことがあるわけです。

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