アインシュタインがフロイトに手紙を書く
——1932年7月、ナチスが勢力を拡げつつあるドイツで、アインシュタインは手紙を書いた。すでに一般相対性理論を発表し、ノーベル物理学賞を受賞していた彼は、国際連盟の国際知的協力機関からある提案をされたのだ。「誰でも好きな方を選び、いまの文明でもっとも大切と思える問いについて意見を交換」してほしい。
そして、「世界最高の天才」と呼ばれたアインシュタイン(当時53歳)が選んだ相手は、同じくユダヤ人で、精神分析の大家フロイト(当時76歳)だった。アインシュタインの手紙の冒頭には、こう書かれている。
「人間を戦争というくびきから解き放つことはできるのか?」
これが私の選んだテーマです。
技術が大きく進歩し、戦争は私たち文明人の運命を決する問題となりました。このことは、いまでは知らない人がいません。問題を解決するために真剣な努力も傾けられています。ですが、いまだ解決策が見つかっていません。何とも驚くべきことです。
『ひとはなぜ戦争をするのか』より
アインシュタインはなぜ、このようなテーマを選んだのか。もちろん、アインシュタインはこの問題の解決が簡単ではないことを知っている。それまでにも、彼は第一次世界大戦以降、公的に平和運動にかかわっていた。
だから、彼が戦争をテーマにしたのは、決して思いつきではない。ナチスが台頭する時代に、「ナショナリズムに縁がない」ユダヤ人であった彼にとって、戦争は重要な問題だった。以前から平和について考え、自ら行動してきたからこそ、彼はこの手紙を書いたのだ。

私の見るところ、専門家として戦争の問題に関わっている人すら自分たちの力で問題を解決できず、助けを求めているようです。彼らは心から望んでいるのです。学問に深く精通した人、人間の生活に通じている人から意見を聴きたい、と。
私自身は物理学者ですので、人間の感情や人間の想いの深みを覗くことには長けておりません。したがってこの手紙においても、問題をはっきりとした形で提出し、解決のための下準備を整えることしかできません。それ以上のことはあなたにお任せしようと思います。人間の衝動に関する深い知識で、問題に新たな光をあてていただきたいと考えております。
『ひとはなぜ戦争をするのか』より
この手紙を、フロイトはどう受け取ったのだろうか?