今月の稼働はゼロ

なのに……。そうか、これは退職勧奨なのだろうと気づく。“真綿で首を締める”ように、私を囲む輪はじわりじわりと狭まっている。まわりの空気が一挙に重みを増す。

事務所に出所してから退所するまで、仕事がないのに時間をつぶすのは苦痛だった。そして、私は何よりも自分自身を恥じたのだ。忙しさが至上とされる職場で、目的意識を持った足取りの人々の群れの中で、私は何も生産せず、何にも貢献せず、ひたすら惨めでひたすら無様で……。

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17時になって秘書さんたちが帰ると、いつも区立図書館に行った。そこで退館時間まで小説を読んで過ごす。物語に没頭するとき、私ははじめて自分の現状を脇に置いて、別の人生を生き直すことができた。

法律事務所では、どの仕事に何分費やしたかを記録することになっていた。その記録をもとに、顧客に請求書を発行するのだ。だから、ログを残すことは弁護士の生命線でもある。しかしながら、多忙な弁護士はしばしば記入する暇がない。

それは月も半ばに入ったある日だった。私を担当してくれる秘書さんが、私の机の前に立つ。

「先生、今月に入ってから先生は一切仕事の記録をされてません。お忙しすぎるんだと思いますが、入れておいてくださいねと総務からご連絡ありました」

彼女の目の奥を覗く。そこにはひとかけらの悪意もない。そうか、この人は知らないんだ。私が一切の仕事を与えられていないこと。

「ええ、わかりました、入力しておきます」と返事をする。だが、私には書き入れるものなんてない。今月の稼働はゼロだ。この事実は早晩にあの秘書さんにもばれてしまう。そのとき、私は彼女の目に見つけるのだろう。あふれんばかりの憐憫とわずかな軽侮を。羞恥が閾値に達する。