出産ジャーナリスト・河合蘭さんによる連載「出生前診断と母たち」。出生前診断は現在は「出生前検査という名で行われ、妊婦健診の超音波とは別の検査で生まれ持った疾患の可能性を探るものだ。

今回お話を伺っているのは、お子さんが病気を抱える親に寄り添い、サポートをしている「玉響(たまゆら)」というユニットを組む高校講師の吉武陽子さんである。吉武さんは3人目のお子さんを授かったが、妊娠中に18トリソミーの可能性を指摘され、1歳まで生きられる可能性は10%と告げられた。インタビューの後編では、愛花ちゃんが誕生後6ヵ月で天国へ旅立ってしまったあと、「玉響(たまゆら)」を結成するようになった経緯をお伝えする。

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6ヵ月と13日の生涯

愛花(あいか)ちゃんは陽子さんの腕の中で旅立った。病院の玄関には、愛花ちゃんと陽子さん、陽子さんの夫を見送ろうとする人が何人も集まっていた。その中には、NICUで、まるで保育士さんのように愛花ちゃんを可愛がってくれていた、懐かしい看護師さんたちの顔もあった。

6ヵ月と13日の生涯だった。

それから18年後の2021年年末、茨城キリスト教大学の看護学部で陽子さんは愛花ちゃんと共に生きた月日のことを看護学生たちに話していた。生の声に接することができる貴重な機会に、学生たちは、一言も聞き漏らすまいと陽子さんの話に耳を傾けている。

2021年、茨城キリスト教大学の講堂で愛花ちゃんとの日々を語る陽子さん 撮影/河合蘭

陽子さんに、毎年、この特別講義を依頼しているのは同学の渋谷えみ教授だ。
陽子さんは、愛花ちゃんの死後、愛花ちゃんを一時的に預かってくれた組織のスタッフをしていた時期がある。この経験は陽子さんが自分に経験を社会活動につなげるためのさまざまなチャンスをもたらしたが、そのひとつが渋谷さんとの出会いだった。

助産師の渋谷さんとの出会い

渋谷えみさん(左)の研究室で。玉響は、この部屋で行うこともある 撮影/河合蘭

渋谷さんは、研究生活に入る前は、都内の大きな病院に勤務する助産師だった。
1980年当時、出生前検査は種類もまだ少なく、羊水検査がごく一部の病院で始まったくらいの時期。渋谷さんが勤務する病院には実施する産婦人科医がいて、検査を希望する妊婦が集まってきていた。そして、出生前検査で染色体異常が判明し、人工妊娠中絶が選択された場合、その辛い場に立ち会うのは、大病院では助産師の役割である。

渋谷さんは言う。
「羊水検査は実施できる時期が遅いので、人工妊娠中絶は、薬で陣痛を起こして分娩をしていただくことになります。赤ちゃんが生きて生まれてきた場合は助産師もいたたまれず、夜中の場合、息を引き取るまでその子を助産師が抱っこしていることもありました」
渋谷さんにもそんな風にして、胎外では生きていけない小さな赤ちゃんと朝まで過ごした一夜の経験がある。出産した女性は、赤ちゃんには会いたくないと言っていた。

「あの時、お母さんは1人病室で、どんな気持ちでいたんだろうと今でも思います。そして、こうして消えていく赤ちゃんの命についても、この子の命って何なんだろうと考えずにはいられませんでした
そうした経験から、渋谷さんは病院を退職し、しばらく大学で生命倫理を学んだあと、研究・教育の道に進んだ。