マンガ/伊藤理佐 文/FRaUweb

「叱った後」の気まずさ

子どもの年齢にかかわらず、親が厳しく叱った場合、「その後の気まずさ」をどのように解消しているだろうか。

「子どもを叱った後すぐに何事もなかったように振舞える先生は子どもとの関係が良い気がする」
「子どもを叱った後は、抱きしめて愛していると伝えよう」
「きつく叱りすぎてしまったあとは、反省する」

SNSでもこのように多くのコメントが寄せられ、多くのRTやいいね!が寄せられている。叱った後に自己嫌悪になる人がそれだけ多いということだろう。ちなみに「叱る」とは、「感情的に怒鳴り散らす」ことではない。「叱る」と「感情的でエキセントリックに怒り続ける」は大きく異なる。子どもが委縮するほど怒鳴り散らしたあとに「好きだから怒るんだよ」と抱きしめることを繰り返すような行為は、虐待といえるからだ。叱る側にもアンガーコントロールができない状況がある場合は、叱る側もケアが必要になることを注記しておきたい。

叱ったところで「怒鳴られて怖かった」という恐怖の記憶だけ残っているとしたら、そこに叱った意味はない。さらに、叱られた側に「理不尽に怒鳴られた」という思いがあれば、言葉の内容そのものがすんなり入ってくるはずもない。とはいえ、つねに菩薩のような広い心で、つねに微笑みながら優しく注意するなんてことはなかなかできるものではない。それに、ちょっと叱り方間違えちゃったなと反省するときだってある。

恐怖で委縮させるのは「叱る」ではない Photo by iStock

そんな「人間くさい親たち」に叱った後の気まずさを含めた「子どもとのコミュニケーション」を教えてくれるのが、ドラマ『おいハンサム!!』で吉田鋼太郎さんが演じる頑固オヤジ・伊藤源太郎だった。

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「相手への気持ち」が伝わっているか

2月26日に最終回を迎えたこのドラマは、深夜ドラマながら、多くの声が寄せられていた。

「TLのおいハンサム見た人の絶賛ぶりすごい」
「おいハンサム‼︎好き過ぎて髪の毛里香にした」
「おいハンサム 心に残る良作だった」

このドラマで毎回のようにあった象徴的なシーンが「伊藤家リモート会議」である。吉田鋼太郎さん演じる主人公の伊藤源太郎が、母の千鶴(MEGUMI)、長女の由香(木南晴夏)、次女の里香(佐久間由衣)、三女の美香(武田玲奈)は、参加できるときは参加する。源太郎はその日に気づいたこと、感じたことを人生訓のように語っていく。例えば7センチのねぎを見て「人生すべて使い切るなんてことは難しい。そして使い切らなくたっていいんだ」と語る。すべて完璧にしなくてもいいんだ、それが人生なんだと感じさせてくれ、次女の里香は「なんだか感動しちゃった」と口にする。

「今日こんなこと知ったんだよ!そこからこんなこと学んだんだ。すごいと思わない?」と感動を伝えられて、なるほどと思わない人がいるだろうか。それに、「新しいことを知って学んだ」と伝えられるのは、自分が完璧な人間ではないと認めているからできることだ。

そう、源太郎は決して穏やかで人徳のある父親ではない。次女が浮気されたことを知ったら、ついゴルフのアイアンを片手に部屋着のまま殴り込みに行こうとしてしまう。酔っ払うと単なる酔っぱらいだ。感情豊かで、失敗もしでかす。それが普通で、「完璧な人」なんてこの世には存在しないし、それでいいんだということも教えてくれる。

さて、『おいハンサム!!』の原作は伊藤理佐さんの『おいピータン!!』『渡る世間はオヤジばかり』『あさって朝子さん』などのマンガである。山口雅俊監督が、これらのマンガのエピソードを用いてオリジナルで脚本を描いた作品だったのだ。源太郎のモデルとなっているのは『渡る世間はオヤジばかり』のお父さん・ヒロシだ。そんなヒロシと「叱った後の娘」とのやり取りが描かれているのが『渡る世間はオヤジばかり』5話の「似たもの親子」だ。

娘が深夜に彼と手をつないで歩いているところを見て、つい大声で怒鳴ってしまったヒロシ。

(c)伊藤理佐/講談社『渡る世間はオヤジばかり』より

彼の前で怒鳴られたことにショックを受け、泣きながら姉の家に出ていく娘。

(c)伊藤理佐/講談社『渡る世間はオヤジばかり』より

父親もちょっとやり過ぎたかな……と思っているであろう中、父親からの「気まずい関係」修復のきっかけは、娘も大好きなテレビ番組が始まるぞという一本の電話だった。

(c)伊藤理佐/講談社『渡る世間はオヤジばかり』より

つまり、気まずい中、「一緒にテレビを見る」という普通の行為を一緒にしようと働きかけてきたのである。その働きかけてくる行動、電話そのものが、「相手を思っている」と伝えることにもなっているのだ。

突然帰ってきたら何も聞かずに「お腹すいた?」と聞いてくれる人がいて、ゴハンを出してくれる。叱ったあと、何も言わずに一緒に好きな番組を見る。そんな、「居場所」があることがいかに安心させてくれることなのかを感じさせてくれる。血がつながっている家族でなくても、「ここならそのまま受け入れてくれる」と思える場所がありさえすれば、人はちょっと凹んだりしても、立ち直って、自分の頭で考え、決断して生きていける。そんなことを教えてくれるのだ。

ドラマは2月26日で最終回を迎えてしまったが、配信でまだ見られるという。『渡る世間はオヤジばかり』5話の無料試し読みとともに是非お楽しみいただきたい。