2022.03.01
# ウクライナ

「ウクライナは核を放棄したからロシアに侵攻された」という議論が見逃していること

ウクライナ「非核化」の現実

ウクライナは核を放棄したからロシアに侵攻されたのだ――ロシアがウクライナへの侵攻を続ける中、日本でもそうした議論を目にするようになった。しかし、単純にそう考えてしまっていいものなのか。国際政治、なかでも軍備管理や安全保障を専門とする、一橋大学大学院法学研究科教授の秋山信将氏が解説する。

「核を放棄しなければ…」

ロシアがウクライナに侵攻した。これだけ軍事力に格差があれば、ウクライナなどロシア軍にとっては一ひねりだろうと想像していた向きも多かったようだが、ゼレンスキー大統領のリーダーシップ(こちらについても彼を見くびっていた人たちも少なくなかったのではないだろうか)の下でのウクライナ軍と国民の抗戦は、能力、意欲ともに予想をはるかに超えるものであった。

一方、ロシアのプーチン大統領は、米国や北大西洋条約機構(NATO)の介入の機先を制する意図もあってか、核兵器使用の可能性を早い段階から示唆し、さらに、2月27日には核抑止を含む抑止力の警戒態勢を上げてきた。

2月25日、キエフでパトロールをする軍人〔PHOTO〕Gettyimages
 

そうした中で、もしウクライナが1994年に核を放棄しなかったらロシアに侵攻されることはなかったのではないか、さらにそれが昂じて、北朝鮮と同様、弱小国が大国から自らを守るためには核兵器を保有することが必要だ、という言説が飛び交っている。

実は、このような議論は今に始まったことではなく、まさに非核化の交渉真っただ中の1993年に、『大国政治の悲劇』の著者として有名な政治学者ジョン・ミアシャイマーが、Foreign Affairs誌に「ウクライナの核抑止を考える(The Case for a Ukrainian Nuclear Deterrent)」という論文を発表し、その中で、「ウクライナは核保有国になるべきだ。核保有がスムーズに達成できるよう手助けするのが米国の利益にかなっている」と論じている。

ミアシャイマーの議論は、核を持った強いウクライナが、NATOに加盟せず、そのうえでロシアと欧州の緩衝地帯となってくれるであろうという、米国視点からの冷徹な戦略的利得の計算に基づくものであった。言ってみれば、今のロシアのウクライナ侵略を正当化する論理(緩衝地帯であるはずのウクライナがNATO加入を検討しているから攻撃を仕掛ける)の裏返しである。

当時、もし米国のクリントン政権がミアシャイマーの言った通りにウクライナの核保有を促していたら果たして今の欧州秩序はどうなっていただろうかという反実仮想の世界を想像するのは面白いが、1993年から2022年までにたどったウクライナ政治の過程を勘案すれば、「核保有国ウクライナ」の存在は欧州に安定どころか一層の不安とリスクをもたらしていた可能性もある。

関連記事