ご近所の心ない言葉…元東大教授の夫が若年性アルツハイマーを発症してわかったこと

「大変だったなあ」の一言が欲しかった
かつて東大教授として、「国際地域保健学」の専門家として、世界を股にかけた若井晋。若年性アルツハイマー病と診断された彼は、徐々に話すことができなくなり、それにつれて周囲との摩擦も増えていく……。たどたどしい言葉のなかから晋が語った「当事者なりの願い」そして「苦悩」とはどのようなものだったのか。本人の内面がよくわかる貴重な記録を、近刊『東大教授、若年性アルツハイマーになる』(若井克子・著、講談社)より抜粋する。

アルツハイマー病の当事者が住んでいる世界とは

デイサービスで騒いでしまい、職員に問題視されてしまった晋。なぜ彼は、そんなことをしてしまったのでしょう。彼から聞き取ったことを私なりにまとめると、次のようになります。

「自分は理解力が落ちている。だから、自宅を離れてデイに行き、よく知らない職員に声をかけられても、わかるまでに時間がかかる」

問題が起こった時期、晋は週2回のペースでデイに通っていました。そんな頻度で顔を合わせる職員であっても、いつも初めて会う気がするらしいのです。だから5ヵ月たった時点でも「まだ人と場所に慣れない」のでした。

「僕はひとりでやっているの」というのは、「僕は僕なりに一生懸命、やっているんだよ」と言いたかったようです。

よく知っている人でも、たまに会うと〈あれ? 誰だっけ?〉となるし、誰だかはっきり思い出すまでには時間がかかるそうです。

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電話に至っては声しか聞こえませんから、顔を見るよりさらにわかりにくくなります。だから電話には出たくない、といったことまで話してくれました。

そして、いろいろなことが続いて、自分で自分がわからなくなると、つい「うるさい!」と大声が出てしまうそうなのです。

こんなふうに内容を整理していくと、細かな出来事も含めていろいろなことが見えてきました。事の発端は、デイで晋が大きな声を出すので、頭にきた別の利用者が怒鳴り返したことだったようです。晋も、そしてほかの利用者やデイの職員も、みんな限界だったのかもしれません。

「もうやめよう」

私が言うと彼もうなずいたので、こうして2つめのデイも去ることになりました。

 

周囲となかなか噛み合わない、私たち。かつて講演で、晋は自分のことを「エイリアン」と呼んでいました。

ある日の夕食どきの、こんな記憶がよみがえります。テーブルには、おかずがいくつか並んでいました。晋はそのなかから、ひとつのお皿のものだけを集中的に食べるのです。

「どうしていろいろ食べないの?」

こう尋ねると、晋から意外な答えが返ってきました。

「僕の住んでいる世界は、たいへんなんだよ。いろいろな種類を食べなくては、と思っても、手が出ない。がまんして、嫌いなものでも食べないと、と思っても、できないんだ」

僕の住んでいる世界。

彼は、どんな世界に住んでいるのでしょう。

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