2022.04.01

私が、家族に反対されても「電通」という会社を辞めたワケ

独立をしてから、得られたものとは

伝説のクリエイティブディレクター

私は1995年に大学を卒業後10年間、大手広告代理店の電通に勤務していました。

最初はメディアの仕事を6年。在京キー局を担当して、いかにいい広告枠を手に入れるかに腐心しました。広告枠には限りがあり、交渉力が強く求められる仕事を経験しました。

電通
 

それから広告主の担当をする営業の仕事に4年就きました。それまでに6年間、メディアのことを学び、テレビを中心とした放送局とパイプを持った上でクライアントと向き合えたことは、とてもありがたいことでした。当時の担当クライアントは資生堂で、このとき初めて、クリエイティブチームと仕事をすることになります。

そこで出会ったのが、数々の優れた広告を生み出していた名クリエイティブディレクター、大島征夫さんでした。

当時、私は小泉今日子さんが広告に出ていたエリクシールという化粧品ブランドの担当をしていました。ある日、どうやったら商品が売れるのか、クライアントもクリエイティブチームも車座になって、ウンウンと唸って会議をするものの、なかなか答えが出ないことがありました。

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