若年性アルツハイマーを発症した元東大教授が、デイサービスに入って経験したこと

失語の当事者が語った胸の内とは
若井 克子 プロフィール

デイは毎回、行った日の詳しい出来事を「連絡ノート」で報告してくれます。そのノートからは、晋が次第に疲れをためていることが伝わりました。

「うるさい!」

そう大声を出すようにもなっていきました。

通い始めて5ヵ月ほど過ぎた、6月のある日。ついにこんな電話が入ります。

「先生が興奮しているので、来てくれませんか」

デイからでした。急いで迎えに行き、連れ帰りました。

何があったのか……「連絡ノート」を開くと、こんなくだりが目に飛び込んできます。

■6月×日 9時15分

ホーム着です。室内を歩かれています。「うるさい!」を連発して言っています。

ずっと、

「ちがうんだよ、ちがうんだから」

「何度も言ってるじゃないか。わかってください。場所がちがうんだ、やめてくれ」

と大きな声で言われています。

「人がちがうんだから、ボクはボクで一人でやってるの、わかった?」

「わかったか! やめてよ!」

とずっと興奮されています。まわりのことは見えてないようです。

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■11時40分

早めの昼食にしました(鶏の天ぷら、春菊のごま和え、リンゴ、トマト、レタス)。鶏の天ぷら、トマトは完食です。リンゴは2人分食べました。ごはん、みそ汁、春菊は残っています。

■12時

歩きながら食べています。だいたい食べると

「うるさーい!」

を連発して歩いています。

「ちがうんだからやめてよ本当に!!」

「だからいいよ、もう」

デイで「ちがう」としきりに口にしていることがわかります。

「晋さん、どうしたの、何かあったの?」

「僕はひとりなんだよ」

「いったい、何が『ちがう』の?」

「僕は今までの僕とはちがうんだから、わかってほしい。相手の言うことを一生懸命理解しようとすると、頭が疲れてきて、何が何だかわからなくなる。わかるように話してほしい」

「『場所がちがうんだ、やめてくれ』っていうのは、どういうこと?」

「場所が我が家とちがったり、知らない人に何か言われても、さっと理解できないし、言葉が出ない」

ゆっくりとではありましたが、晋が理路整然と説明することに、私は驚きを隠せませんでした。

 

このとき彼から聞き取ったことを私なりにまとめると、次のようになります。

「自分は理解力が落ちている。だから、自宅を離れてデイに行き、よく知らない職員に声をかけられても、わかるまでに時間がかかる」

問題が起こった時期、晋は週2回のペースでデイに通っていました。そんな頻度で顔を合わせる職員であっても、いつも初めて会う気がするらしいのです。だから5ヵ月たった時点でも「まだ人と場所に慣れない」のでした。

最高学府の教授でもあった夫・若井晋。その彼が若年性認知症になるとき、本人は、そして家族は、どうしたのか。病を受け入れてもなお歩き続けた夫婦の軌跡を、妻・若井克子が克明に描き出す新刊『東大教授、若年性アルツハイマーになる』は、全国の書店・ネット書店にて好評発売!

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