デイサービスになじめない
少し話が戻りますが、晋がデイに行き始めたのは、些細なことがきっかけでした。2012年に招かれた日本老年精神医学会の講演で、M先生という医師から、
「ぜひ、診断に使ったMRIの画像を見せてほしい」
と申し出がありました。さっそく一式お送りすると、しばらくしてお便りが届きます。
その手紙のなかでM先生は、晋は「緩徐進行性非流暢性失語症(かんじょしんこうせいひりゅうちょうせいしつごしょう)」かもしれないと指摘したうえで、それでも、
「アルツハイマー病の可能性は否定できない。言葉を出してください」
と書いてあったのです。そのことを説明しながら、私は彼にこうすすめたのでした。
「晋さん、言葉のリハビリだと思って、デイサービスへ行ってみたら」
「行くよ」
即答でした。リハビリという言葉が気に入ったのでしょうか。あとで子どもたちにこの一部始終を話すと、
「やっぱり、医者に言われると行くんだねえ」
と納得顔。さっそくケアマネジャーさんに相談し、とりあえずデイに週1回、半日通うところから始めます。

これまで晋とふたりきりで、あまりにも密な生活を続けていた私は、晋が留守の間どう過ごそうか、あれこれ考えて夢を膨(ふく)らませていました。
晋も当初は、デイを楽しんでいました。
早くから支度をして外に出て、迎えの車を待つ、なんてこともしていたほどです。気持ちよく入浴させてもらい、笑顔で帰ってくる日が続いていました。
ところが、通い始めて3ヵ月ほど過ぎたころから、時折、暗く険しい顔つきが目立つようになりました。ついにある日、送りのデイ職員から、
「今日は職員の髪をひっぱりました」
という報告が――。
「どうしたの? 何があったの?」
尋ねても、晋はうつむいたままです。それでもしつこく問うと、たどたどしくはありましたが、彼の言葉からようやく事情がつかめました。
同じデイを利用するお年寄りから、「あの人は何もできない」と言われたそうなのです。
「それくらいのことで、落ち込んじゃだめだよ」
「落ち込んじゃいけないね」――そう言う晋は、しかし、うなだれたままです。
「もう、無理して行かなくていいよ。行きたくなかったら、やめていいんだよ」
私はたまらずこう声をかけました。
ケアマネジャー経由でデイに聞いても、「悪口」があった事実は確認できませんでしたが、こうして晋は、初めてのデイを去ることになったのです。