2022.02.26

「59機」の“B-29”を相手に、撃墜できたのはわずか「1機」…航空隊に向けられた“市民の怒り”

神立 尚紀 プロフィール

神崎大尉のもとで結束を高めた三五二空

学徒出身の予備士官として三五二空に着任した行本達雄少尉によると、飛行隊長・神崎大尉の訓示は、

「貴様たちの技倆では第一線部隊である本隊においては役に立たない。練習航空隊に送り返すべきであるが、あいにく海軍には貴様たちのほかに戦闘機乗りがいない。貴様たちはよくも悪くも海軍最後の戦闘機乗りである。したがって、あえて当隊において錬成を加え、一人前の搭乗員として育成するしかない。各自は邀撃待機の暇を見て出来るだけ多く飛行機に乗り、一日も早く一線部隊の一員として恥ずかしくない技倆を獲得するよう努力せよ」

という厳しいものだった。だが、いっぽうで神崎大尉は、

「戦闘機は敵機と戦い、これを撃破するのが任務である。搭乗員はどんなに傷ついても必ず生きて帰ってこい。そして幾度でも敵機と戦わなければならない。一度きりの特攻のことなど考えるな。俺は貴様たちに特攻の命令は出さぬ。貴様たちは特攻志願の血書など持ってくるな」

とも搭乗員たちに伝えた。「必ず生きて帰ってこい」――戦いに臨んでじっさいにそれが可能かどうかは別にしても、隊長のこの姿勢は部下たちを結束させ、士気を高めた。

三五二空飛行隊長・神崎國雄大尉(二列め中央)。神崎大尉の向かって左は海兵同期の鴛淵孝大尉、右は岩下邦雄大尉(昭和18年、大分基地の集合写真より)
 

隊員たちは燃料の許す限り飛行訓練にいそしみ、地上では射撃や三号爆弾(重量30キロ、敵機上空で投下すると一定秒時で炸裂し、約200個の黄燐弾を傘状に散布して敵機を包み込む空中爆弾)の理論など、実戦に即した座学が行われた。飛行場から2キロ離れた竹松に置かれた本部庁舎の屋根には白ペンキで実寸大のB-29が描かれ、それを使って攻撃距離を体感できるような工夫もなされた。

搭乗待機の合間には基地の一隅で運動会やバレーボールを楽しむなど、隊員たちの空気は、ほかの部隊では例を見ないほど和気あいあいとしていたという。

零戦をバックに、左は佐伯義道少尉、右は葛原豊信上飛曹
大村基地の指揮所をバックに、左から河野茂飛曹長、一木利之飛曹長、名原安信飛曹長
大村基地で運動会。火縄で煙草に火をつける競争で、右から4人めは佐伯義道少尉
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