2022.02.26

「59機」の“B-29”を相手に、撃墜できたのはわずか「1機」…航空隊に向けられた“市民の怒り”

神立 尚紀 プロフィール

B-29と戦った男たち

新聞記事についてはのちに触れるとして、まずは昭和19年11月21日、B-29と戦った男たちについて述べたい。この日、長崎県の大村基地を発進したのは、第三五二海軍航空隊(三五二空)の零戦33機、雷電16機、夜間戦闘機「月光」8機の計57機である。

米陸軍の大型爆撃機・ボーイングB-29
 

「三五二空は、昭和19年8月1日、大村基地で開隊されました」

と語るのは、三五二空の戦闘機分隊長だった植松眞衛(まもる)大尉である。

「6月15日、サイパン島に敵が上陸し、同じ日、中国の成都を発進したB-29が北九州の八幡を空襲した。それで、海軍は横須賀鎮守府管内に第三〇二海軍航空隊、呉鎮守府管内に第三三二海軍航空隊、佐世保鎮守府管内に第三五二海軍航空隊と、3つの防空部隊を編成したんです」

三五二空は大村基地に本部を置き、司令は寺崎隆治大佐、副長・野村勝中佐、飛行長・小松良民少佐、飛行隊長・神崎國雄大尉。甲戦隊(零戦)、乙戦隊(局地戦闘機「雷電」)、丙戦隊(夜間戦闘機「月光」)からなり、11月現在で117名の搭乗員と零戦35機、雷電26機、月光10機(機数は11月26日現在)を擁していた。海軍の航空隊ではあったが、本土防空は陸軍の担当だったため、昭和20年2月までは陸軍の西部軍司令官の指揮下に置かれている。

三五二空の局地戦闘機「雷電」
夜間戦闘機「月光」

戦闘機搭乗員のなかには、開戦以来歴戦の佐伯義道少尉や名原安信飛曹長、河野茂飛曹長をはじめ、一木利之飛曹長のように南方の激戦をくぐり抜けてきたベテランもいて、近く予想される本土空襲に備えて熾烈な訓練が繰り返されたという。

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